佐藤東華

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さとう とうか

佐藤東華
生誕 慶應3年
岩手県一関市東山町長坂字町63番地
死没 大正12年12月16日
北海道北見市
墓地 北海道北見市野付牛峠
国籍 日本の旗 日本
職業 ジャーナリスト
親 佐藤洞潭(さとう どうたん)
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佐藤東華(さとう とうか、1867年(慶應3年)- 1923年(大正12年)12月16日)は、明治・大正時代のジャーナリスト。本名は佐藤敬吉(さとうけいきち)。

生涯

猊鼻渓(岩手県一関市東山町)の観光地開発に携わった佐藤猊巌(さとうげいがん)の実弟。1916年(大正5年)「磐井(いわい)の名勝」を出版、猊鼻渓の項あり。仙臺風藻(せんだいふうそう)1912年(大正元年)9月27日出版によると、慶應3年 丁卯 生まれで、中陸新聞、仙臺新聞、秋田魁新報などの記者として従事中と記載がある。後に北海道に移住した。また、「胆振公論」(いぶりこうろん)という雑誌を発行していた。生前に、3冊の書籍を出版している。大正12年12月16日に没す。[要出典]享年57。北海道北見國野付牛峠(のっけうしとうげ)に墓がある。[要出典]野付牛は現在の北見市である。

著作等

参考文献

関連項目