児島英一

ウィキペディアから、無料の百科事典

児島 英一(こじま えいいち、1922年5月14日 - 2007年11月23日)は、日本の経営者。近畿日本ツーリスト社長を務めた。

来歴・人物

東京都出身[1]。1945年に大阪帝国大学工学部機械工学科を卒業し、同年に近畿日本鉄道に入社[1]。1972年11月に取締役、1975年5月に常務、1978年6月に専務を経て、1981年6月に副社長に就任[1]。1985年3月に近畿日本ツーリスト副社長に就任し、1987年3月には社長に昇格[1]。1993年3月に取締役相談役に就任し、1996年3月には相談役に就任[1]。

1984年11月に藍綬褒章を受章[1]。

2007年11月23日に急性心不全のために死去[2]。85歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 興信データ株式會社 2003, こ105頁.
  2. ↑ 2007年 11月27日 日本経済新聞 朝刊 p43

参考文献

  • 興信データ株式會社『人事興信録 第42版 上』興信データ、2003年。 
先代
明石孝
近畿日本ツーリスト社長
1987年 - 1993年
次代
安部和寿