
全翼機(ぜんよくき、英語: Flying wing aircraft)とは、胴体部や尾翼がなく、一枚の主翼のみによって機体全体が構成された飛行機のこと。
一般的な飛行機は、主翼・胴体・垂直尾翼・水平尾翼で構成される。だが、構成要素が多くなるということは、重量が重くなり、空気抵抗も増すということである。そのため、主翼のみで構成される全翼機の概念が考えられた。しかし、全翼機には設計上の困難が多く、完全な実用機となったものはB-2とB-21しかない。


無尾翼機の概念は古くからあったが、これが全翼機として考えられ始めたのは20世紀初頭のことである。1910年にはドイツのフーゴー・ユンカースが全翼機の特許を得ている。ユンカースは全翼機の低抵抗と大搭載量により、大西洋横断用旅客機の開発を目指していた。1919年にJG1の名称で開発を行なったが、これは大型機のため、第一次世界大戦敗戦後のドイツに許された航空機開発のサイズ制限に抵触し、開発中止となった。
1930年代以降はジャック・ノースロップやホルテン兄弟をはじめとして、アメリカ合衆国とドイツで全翼機の試作が行われている。ホルテン H-1グライダーは1933年に初飛行しており、1941年にはノースロップ N-1Mが初飛行している。第二次世界大戦中のドイツでは、推力が不足であった初期のジェット機の抵抗軽減のために全翼機に着目し、ホルテン Ho229ジェット戦闘機の試作を行い1944年に初飛行している。
大戦後の1950年代にかけては、アメリカ合衆国の爆撃機デザインとして試作が行われた。低抵抗による航続距離延伸を狙ったものである。ノースロップにより、レシプロのYB-35やジェット推進のYB-49が開発された。しかし、安定性が不足し、航続距離延伸も期待されたほどではなかったことから、実用化には至らなかった。軍用の全翼機に再注目されるのは1970年代のこととなる。全翼機はレーダー反射率が小さいことからステルス性に優れ、安定性を欠くことについてもコンピュータ制御技術によるフライ・バイ・ワイヤを採用することによりこれをカバーすることができようになり、B-2爆撃機が実用化されるに至った。
全翼機の利点と欠点は以下のようなものである。

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