劉慎虚

ウィキペディアから、無料の百科事典

劉 慎虚(りゅう しんきょ、生没年不詳)は、中国の唐(盛唐)の詩人。字は全乙、号は易軒。洪州新呉県(現在の江西省宜春市奉新県)の人[注釈 1]。劉眘虚とも表記される。

略歴

唐の玄宗の開元年間に科挙(博学弘辞科(中国語版))で挙げられ、さまざまな官を歴任して崇文館校書郎(中国語版)となった[1][注釈 2]。洪州刺史の呉兢(中国語版)は、劉慎虚の行いを称え、その故郷を「孝弟郷」と改称した。

著書として『鶺鴒集』5巻があったが、散佚した。『全唐詩』は詩を15首収録する。

唐の殷璠が編纂した『河岳英霊集(中国語版)』には11首が収録され、「情幽興遠、思苦語奇。忽有所得、便驚衆聴」と評されている。清の宋婉は「誦劉慎虚詩、勿患其少」と記した[2]。

脚注

注釈

  1. ↑ 『唐才子伝(中国語版)』は嵩山の人、『全唐詩』は江東の人とする。清の康煕年間に査慎行が編纂した『西江志』巻六十六に、郭子章(中国語版)の『豫章書』を引いて「劉慎虚、字全乙、新呉人」とある。
  2. ↑ 『唐才子伝(中国語版)』によれば、幼時から文章に通じ、9歳で上疏文が召見されて「童子郎」(神童)と謳われ、開元11年(723年)に進士に名を連ねて洛陽の尉となったとある。しかし傅璇琮(中国語版)の『唐才子伝校箋』は、この記述に根拠はなく、劉晏の経歴をなぞって付会したものであろうとしている。

出典

  1. ↑ 『奉新県志』巻八(同治10年)
  2. ↑ 宋婉『友貽堂題辞』

参考文献

  • 殷璠 (2006) (中国語). 『河岳英霊集』. 四川省: 巴蜀書社. ISBN 9787806598498 
  • 彭定求 (2011) (中国語). 『全唐詩』. 北京市: 中華書局. ISBN 9787101017168