加藤勝貞(かとう かつさだ、生没年不詳)は、又兵衛新田を開拓した人物。
愛知郡笠寺村大字笠寺に生まれる[1]。別名に三穂介[1]。先祖の又兵衛は豊臣秀吉に仕え、小牧・長久手の戦い以来、加藤家の始祖として、当地に住んだ人物であった[1]。勝貞は正徳6年(1716年)に新田開発を始め、又兵衛新田として完成をみた[1]。続いて寛延3年(1750年)には、又兵衛新々田を開いている[1]。またこのほか、遠江国二俣に至る道路も築いている[1]。
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