古谷安民

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古谷安民

古谷 安民(ふるたに やすたみ、1852年2月11日(嘉永5年1月22日) - 1918年(大正7年)11月22日)は、大日本帝国陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。栄典は正五位功三級勲三等。

来歴・人物

長門国美祢郡岩永村(現山口県美祢市)士族出身。

西南戦争では第4旅団第1大隊第4中隊に属する。歩兵第30連隊長を経て、日露戦争では第三軍兵站監をつとめる[要出典]。武学生養成所(※山口県愛山会武学講習所)所長。

1918年没。戒名は奨武院殿安道濟民大居士。

栄典・授章・授賞

位階
勲章等
受章年 略綬 勲章名 備考
1889年(明治22年)11月22日 勲六等瑞宝章[3]
1906年(明治39年)4月1日 勲三等旭日中綬章[4]
1906年(明治39年)4月1日 功三級金鵄勲章[4] 年金700円
1906年(明治39年)4月1日 明治三十七八年従軍記章[4]

親族

  • 妻 もと子 二男二女 長男夭折 次男 忠夫

脚注

  1. ↑ 『官報』第36号「叙任」1883年8月11日。
  2. ↑ 『官報』第929号「叙任」1886年8月5日。
  3. ↑ 『官報』第1925号「叙任及辞令」1889年11月27日。
  4. 1 2 3 『官報』号外「叙任及辞令」1906年12月7日。p18

参考文献

  • 昭和38年3月14日 朝日新聞地方版記事及び墓碑より