和知亀之助

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和知 亀之助(わち かめのすけ、天保3年(1832年) - 慶応元年6月18日(1865年8月9日))は、江戸時代後期・幕末の水戸藩の義民。常陸国多賀郡大久保村の農家。靖国神社祭神。

生涯

農民であるが佐竹氏家臣に見られる和知姓を有することから、佐竹氏の秋田転封以来の帰農者の家系か[1]。

天狗党の乱に際し、天狗勢に加わり、幕府軍に捕らわれ、慶応元年(1865年)6月18日、下総国島野にて獄死する。享年34。維新後、靖国神社に祀られた[2]。

脚注

  1. ↑ 常陸国の和知氏については太田亮著、上田萬年、三上参次監修『姓氏家系大辞典 第3巻』(角川書店、1934年)6659頁参照。
  2. ↑ 明田鉄男編『幕末維新全殉難者名鑑1』(新人物往来社、1986年) 348頁参照。

参照文献

  • 明田鉄男編『幕末維新全殉難者名鑑1』(新人物往来社、1986年)
  • 太田亮著、上田萬年、三上参次監修『姓氏家系大辞典 第3巻』(角川書店、1934年)

関連項目