四度使(よどのつかい)とは、律令制の日本の地方制度において、政治の成績を中央政府に上申するべく、大宰府や諸国より毎年定期的に上京させた四種の使者であり、計帳使(大帳使)・正税帳使・貢調使・朝集使の総称である。
国使の中でも最も重要視され、天平勝宝7歳(755年)までにこれらの四使を総称すべく、「四度使」の概念が成立していた。この四使のもたらす四つの公文を「四度公文」といい、中央政府はこれによって地方政治の状況を検討し、その年の諸国の歳入予算を作ったため、四度公文は地方官が上申する帳簿の中で最重要なものとされた。
弘仁6年(815年)、正税帳使・大計帳使公文を朝集使に付し、同9年(818年)に大計帳使を復活して、正税帳使のみを朝集使に付すなど一部の使の併合が行われているが、しばらくして元にもどされている。もっとも、大宰府や陸奥国・出羽国では一部の使が併合されている。また畿内諸国や志摩国・飛騨国・対馬国では一つの使で四度の政にあたっている。
また、四度使は、主たる任務のほかに、任務に関係ないものも含めて、多くの公文を付せられて進上している。
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