国家連合党

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ポルトガルの旗 ポルトガルの政党
国家連合党
União Nacional
アントニオ・サラザール
成立年月日 1930年7月30日
解散年月日 1974年4月25日
解散理由 カーネーション革命
本部所在地 ポルトガルの旗 ポルトガル共和国 リスボン
政治的思想・立場 国家主義
ファシズム
コーポラティズム
権威主義
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国家連合党(こっかれんごうとう、葡: União Nacional)は、ポルトガルのエスタド・ノヴォ体制下における唯一の合法政党である。

1930年、カルモナ軍事政権の財務大臣で政権の実力者だったアントニオ・サラザールにより結成。公式には政党ではなく、「全ポルトガル国民の統一組織」であるとされた。中央集権的に組織され、政府と密接に連携した国家連合党は、常にサラザールによって監督及び指揮を受けた。野党の政治活動が基本的に封鎖された中、1934年から1973年まで議会の全議席を占め、御用与党として機能した。党首は結成以来サラザールがずっと務めていたが、1970年にサラザールが死ぬとマルセロ・カエターノが党首となり、1972年に国民国家運動(Acção Nacional Popular)と改称した。1974年、カーネーション革命に伴い解散された。