國分保男

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國分 保男(こくぶん やすお、1918年(大正7年)9月22日[1][2] - 2010年(平成22年)4月8日)は、日本の政治家。岩手県二戸市長(5期)。

来歴

岩手県二戸郡福岡町(現・二戸市)出身[1]。1941年、東京農業大学農学部卒[1][2]。農林省に入り、その後、岩手県庁に転じ、1953年、岩手県厚生部二戸福祉事務所所長となる[1]。1960年、岩手県福岡町長に当選[1][2]。3期務め、1972年、福岡町は金田一村と合併、二戸市となり、これに伴う市長選挙に立候補し、当選した[1]。二戸市長を5期務め、1992年の市長選挙にも立候補したが、元環境庁職員の小原豊明に敗れた。2010年4月8日午後5時、肺炎のため二戸市内の病院で死去、91歳[3]。死没日をもって従七位から従四位に叙される[4]。

娘婿は二戸市議会議員の國分敏彦[3]。

栄典

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、279頁。
  2. 1 2 3 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』207頁。
  3. 1 2 “訃報”. 岩手日報. (2010年4月). オリジナルの2010年4月21日時点におけるアーカイブ。 2022年2月7日閲覧。
  4. ↑ 『官報』第5312号7頁 平成22年5月17日号

参考文献

  • 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、1983年。
  • 『新訂 現代政治家人名事典 : 中央・地方の政治家4000人』日外アソシエーツ、2005年。