國吉

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國吉(くによし、生没年不詳)は、江戸時代後期の長崎で活動した芸子。享和元年(1801年)、尾張の商人・吉田重房(菱屋平七)の紀行文『筑紫紀行』にその名が記されている。[1][2]

史料

『筑紫紀行』は、吉田重房が享和元年(1801年)の旅について記した紀行文で、文化3年(1806年)に刊行された。[3]

『長崎市史 風俗編』「藝妓」の章によれば、吉田重房は享和元年5月5日、長崎丸山の茶屋・畑草屋で國吉を呼んだ。翌6日には、國吉が吉田の宿所である長崎銀屋町の田島屋を訪ね、砂糖漬けの蜜柑や天門冬などを贈ったという。[4][5]

参考文献

  • 吉田重房『筑紫紀行』文化3年(1806年)刊。
  • 長崎市役所編『長崎市史 風俗編』「藝妓」の章。

外部リンク

脚注

  1. ↑ “長崎市史 風俗編 第六巻”. 長崎市史 風俗編. 長崎市役所. 2026年10月23日閲覧。
  2. ↑ “筑紫紀行. 巻1-10 / 菱屋翁 著”. 早稲田大学図書館 古典籍総合データベース. 2026年10月23日閲覧。
  3. ↑ “筑紫紀行”. 西尾市岩瀬文庫 古典籍書誌データベース. 2026年10月23日閲覧。
  4. ↑ “長崎市史 風俗編 第六巻”. 長崎市史 風俗編. 長崎市役所. 2026年10月23日閲覧。
  5. ↑ “長崎市史 風俗編 第六巻”. 長崎市史 風俗編. 長崎市役所. 2026年10月23日閲覧。