土師犬養

ウィキペディアから、無料の百科事典

土師 犬養(はじ の いぬかい、生没年不詳)は、奈良時代の官人。姓は宿禰。周防介・土師祖麻呂の子。官位は外従五位下・散位・香椎廟奉幣使。

経歴

聖武朝の天平13年(741年)4月の写一切経司移に主典・従七位下として自署している。

孝謙朝の天平勝宝9歳(757年)聖武上皇の一周忌に、一族の土師乙勝とともに正六位上から外従五位下に叙せられた。淳仁朝の天平宝字6年(762年)新羅征伐のための軍隊を訓練するという目的で、参議・藤原巨勢麻呂とともに香椎廟奉幣使となっている(この時の官職は散位)。

官歴

注記のないものは『続日本紀』による

系譜

  • 父:土師祖麻呂[2]
  • 母:不詳
  • 生母不詳の子女
    • 男子:大枝菅麻呂[2]
    • 男子:大枝万麻呂[2]

脚注

  1. ↑ 『大日本古文書』巻1,585頁
  2. 1 2 3 鈴木真年『百家系図稿』巻10,土師連諸流(宝賀[1986: 1011])

参考文献

関連項目