土師豊麻呂

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土師 豊麻呂(はじ の とよまろ、生没年不詳)は、奈良時代の貴族。従四位下・土師馬手または直広参・土師根麻呂の子。官位は従五位上・遣新羅大使。

経歴

元明朝の和銅8年(715年)従六位下から四階昇進して従五位下に叙爵する。元正朝の養老7年(723年)大伴祖父麻呂・津守通らとともに従五位下から従五位上に昇叙された。

神亀元年(724年)8月に遣新羅大使に任ぜられるが、前回の養老6年(722年)の遣新羅使・津主治麻呂(正七位下)よりも正使の位階が高く、聖武天皇の即位を知らせるべく派遣されたものと想定される。翌神亀2年(725年)5月に日本に帰朝している[1]。

官歴

『続日本紀』による。

系譜

脚注

  1. ↑ 『続日本紀』神亀2年5月21日条
  2. ↑ 鈴木真年『史略名称訓義』
  3. ↑ 中田憲信『好古類纂』第8集,菅公系譜
  4. 1 2 3 鈴木真年『百家系図稿』巻10,土師連諸流

参考文献