堀内雄之

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堀内 雄之(ほりうち ゆうし、1928年〈昭和3年〉 - 1992年〈平成4年〉)は日本の俳人[1]。妻は俳人の堀内律子。愛媛県松山市出身。

来歴

愛媛県松山市にて生まれる。愛媛県立松山中学校(現在の愛媛県立松山東高等学校)卒業[2]。

愛媛県庁の職員として勤務[2]。1953年には、俳人の堀内律子と結婚[1]。

1984年(昭和59年)、松山市を本拠地とする俳句の結社・俳誌 初花を創設[3]。初代主宰に就任[3]。

1992年(平成4年)、死去[3]。

「子規堂の 小窓開けあり 葉鶏頭」の句碑が愛媛県松山市に建立されている[4]。

親族

妻は俳人の堀内律子。律子は2002年に、俳誌 初花の4代目主宰へ就任した。俳人の大本あきらの娘は、律子の生家へ嫁いでいる[5]。大本の曽孫は、作家の清古尊に当たる。

著書

  • 『忘れ得ぬ人々』堀内律子、1994年
  • 『雄之紀行 足で歴史を検証する』初花社、1994年
  • 『紐解く 堀内雄之句集』初花社、1995年
  • 『年の春 堀内雄之遺句集1』初花社、1999年
  • 『年の春 堀内雄之遺句集2』初花社、2000年

参考文献

  • 堀内雄之『村口勇人遺句集』村口百恵、1983年

脚注

  1. 1 2 “国の重要文化財 萬翠荘(ばんすいそう BANSUISOU)公式ホームページ”. www.bansuisou.org. 2022年2月22日閲覧。
  2. 1 2 『忘れ得ぬ人々』堀内律子、6月1日。
  3. 1 2 3 俳句の殿堂 初花 - 萬翠荘
  4. ↑ 今日の一句 - 吟行ナビえひめ(愛媛の句碑めぐり575)
  5. ↑ 『はつはな』大学堂印刷、8月31日、232頁。