堀川具定

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源具定
時代 鎌倉時代前期
生誕 正治2年(1200年)
死没 嘉禎2年3月5日(1236年4月12日)
官位 正三位、侍従
主君 後鳥羽上皇→土御門天皇→順徳天皇→仲恭天皇→後堀河天皇→四条天皇
氏族 村上源氏久我家分流堀川家
父母 父:源通具、母:藤原俊成養女[1]
藤原信子(能円女)
兄弟 具定、具実、具忠、具教[2]、行空、円源
子  俊定
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源 具定(みなもと の ともさだ)は、鎌倉時代前期の公卿。非参議正三位侍従。父は大納言源通具、母は藤原俊成養女。 通具の長男であったが、土御門天皇の乳母従三位按察使局を母とする具実に家嫡の座を奪われることになった。

経歴

以下、『公卿補任』及び『尊卑分脈』に基づいて記述する。

『新勅撰和歌集』に2首入集

『新勅撰和歌集』に侍従具定の名で和歌が2首入集している。

百首歌よみ侍ける春歌
はるの月 かすめるそらの むめががに ちぎりもをかぬ 人ぞまたるる(巻第十六 雑歌一 1037)


述懐歌のなかによみ侍ける
あつめこし ほたるもゆきも としふれど 身をばてらさぬ ひかりなりけり(巻第十七 雑歌二 1185)

系譜

脚注

  1. ↑ 尾張守・藤原盛頼女
  2. ↑ 娘に宗尊親王妃。瑞子女王生母
  3. 1 2 承明門院御給
  4. ↑ 修明門院御給
  5. ↑ 新院(土御門院)御給
  6. ↑ 父卿日吉行幸行事賞
  7. ↑ 朔旦、臨時
  8. ↑ 父卿八幡賀茂行幸行事賞の譲り

出典

  • 『公卿補任』(新訂増補国史大系)吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編集会(編)
  • 『尊卑分脈』(新訂増補国史大系)吉川弘文館 黒板勝美、国史大系編集会(編)
  • 『新勅撰和歌集』 久曾神 昇、樋口芳麻呂 校訂、岩波文庫、岩波書店
  • 『藤原定家』、村山修一 著、人物叢書 新装版、1989年、吉川弘文館