堀川具雅

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堀川具雅
時代 鎌倉時代後期 - 南北朝時代
生誕 元応2年(1320年)
死没 暦応3年/興国元年7月7日(1340年7月31日)
官位 従三位・参議、右衛門督、検非違使別当
主君 後醍醐天皇→光厳天皇→後醍醐天皇→光明天皇
氏族 村上源氏庶流堀川家
父母 父:堀川具親、母:家女房
兄弟 具雅、具孝、具信
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堀川 具雅(ほりかわ ともまさ)は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけての公卿。内大臣・堀川具親の長男。母は家女房。官位は従三位・参議、右衛門督、検非違使別当。

経歴

以下、『公卿補任』、『尊卑分脈』の内容に従って記述する。

脚注

  1. ↑ 万秋門院御給。
  2. ↑ 春宮御給。
  3. ↑ 春宮権大夫であった父具親の譲りによる。
  4. ↑ 後醍醐天皇が隠岐から戻っての詔による。
  5. ↑ 菩提心によるという。

参考文献