堀越禎三

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堀越 禎三(ほりこし ていぞう、1898年12月13日[1] - 1987年6月24日)は、日本の経営者。

経歴

兵庫県神戸市出身[1]。1924年に東京帝国大学法学部法律学科を卒業し、同年に日本銀行に入行し、名古屋支店長、理事などを歴任[1]。

日本放送協会監事、東京電力常務、日本万国博覧会協会幹事長、経済団体連合会副会長・事務総長・顧問などを経て、1976年3月に日本ウジミナス会長に就任[1]。1979年3月からは相談役と名誉会長を務め、東京ケーブルビジョン会長も務めた[1]。

1980年4月に勲一等瑞宝章を受章[1]。

1987年6月24日、脳梗塞のために死去[2]。88歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 人事興信所 1985, ほ54頁.
  2. ↑ 1987年 6月25日 日経産業新聞 p27

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第33版 下』人事興信所、1985年。