夏目吉久

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幸田町六栗にある夏目吉久の墓(中)

夏目 吉久(なつめ よしひさ、明応9年(1500年) - 永禄11年3月11日(1568年4月8日))は、戦国時代の武将。通称九郎左衛門。子に夏目吉信がいる[1]。

略歴

夏目吉秀の子として生まれる。松平清康、広忠に歴仕し、永禄11年3月11日死去。享年69[2]。法名行清。

三河国幡豆郡六栗村を葬地とした。妻は水野氏の女[2]。

脚注

  1. ↑ “夏目氏”. 2022年10月4日閲覧。
  2. 1 2 国民図書 1922, p. 948.

参考文献

  • 『寛政重修諸家譜第二輯』(国民図書、1922年、948p)