多 忠時(おお の ただとき、生年不明 - 1528年5月3日(大永8年4月15日))は、室町時代の雅楽家。父は多忠久、子は多忠吉(元は忠伏)・多忠宗。

経歴

1490年12月19日(延徳2年11月8日)従五位下に叙され、その後年月日不詳だが従五位上にも叙される[1]。1494年1月16日(明応2年12月9日)には、臨時では付歌で、恒例は末拍子を取る[2]。

1507年4月27日(永正4年3月15日)の春日大社における七ヶ夜の御神楽において、付歌で名が載っている[3]。1516年8月4日(永正13年7月6日)、正五位下にも叙され、その後上総介に任ぜられた[1]。1521年5月3日(永正18年3月27日)の臨時神楽において、末拍子を取っている[4]。

脚注

  1. 1 2 三上景文『地下家伝』
  2. ↑ 三条西実隆『実隆公記』
  3. ↑ 中御門宣胤『宣胤卿記』
  4. ↑ 安倍季尚『楽家録』
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