大久保太三郎

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大久保 太三郎(おおくぼ たさぶろう、1899年2月13日 - 1974年10月10日)は、日本の銀行家。

『房総紳士録』(1961年)掲載肖像

経歴

兵庫県出身[1]。1923年に東京帝国大学経済学部経済学科を卒業し、同年に日本銀行に入行[1]。1949年4月に理事を経て、1952年8月には監事に就任[1]。

1958年5月から1963年4月までに千葉銀行頭取を務め[2]、1961年に千葉商工会議所会頭に就任し、1963年5月には日本銀行政策委員会委員に就任[1]。

1970年4月に勲三等旭日中綬章を受章[1]。

1974年10月10日急性肺炎のために死去[3]。75歳没。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 人事興信所 1971, お190頁.
  2. ↑ “千葉銀行 沿革”. 千葉銀行. 2024年2月7日閲覧。
  3. ↑ 1974年 10月11日 朝日新聞 夕刊 p9

参考文献

  • 人事興信所 編『人事興信録 第26版 上』人事興信所、1971年。 
ビジネス
先代
古荘四郎彦
千葉銀行頭取
第2代:1958年 - 1963年
次代
岩城長保