大伴久米主

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大伴久米主
時代 平安時代初期
生誕 天平勝宝2年(750年)
死没 大同5年4月30日(810年6月5日)
官位 従四位下・民部少輔
主君 桓武天皇→平城天皇→嵯峨天皇
氏族 大伴氏
父母 父:大伴千里
子 伴竜男?
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大伴 久米主(おおとも の くめぬし)は、平安時代初期の貴族。大和守・大伴稲公の孫で、左兵衛督・大伴千里の子とする系図がある。官位は従四位下・民部少輔。勲等は勲七等。

経歴

前半生については記録が残っておらず動静は不明だが、勲七等の叙勲を受けていることから、延暦20年(801年)から延暦22年(803年)にかけて行われた征夷大将軍・坂上田村麻呂らによる蝦夷征討に従軍したか。延暦23年(804年)主税頭、延暦25年(806年)民部少輔と桓武朝末にかけて京官を歴任する。

平城朝以降、大同3年(808年)正五位下、大同5年(810年)従四位下と急速に昇進を果たしている。

大同5年(810年)4月30日卒去。享年61。最終位階は従四位下。

官歴

『日本後紀』による。

系譜

  • 父:大伴千里[1]
  • 母:不詳
  • 生母不明の子女

脚注

  1. 1 2 鈴木真年『百家系図』巻59,大伴宿禰

参考文献