大出一博

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大出 一博(おおいで かずひろ、1942年(昭和17年)4月23日 - 2023年(令和5年)8月11日)は、日本の実業家、ファッションプロデューサー、写真家である[1][2]。

経歴・人物

栃木県出身[1]。東洋大学中退後[1]、1967年(昭和42年)にスタイリストの養成機関だったSUNデザイン研究所を設立する[1][2]。後に多くのファッションイラストレーターやスタイリストを多く輩出し[3]、1973年(昭和48年)には同研究所のブランドであった「SUNプロデュース」を立ち上げた[1][3]。

山本寛斎や高田賢三[3]、鳥居ユキら日本人ファッションデザイナーのみならず海外のファッションデザイナーによる東京コレクション等のファッションショーの企画及び演出を手掛けた[1][2]。1996年(平成8年)には「心を学び、五感を磨く」という目的により[2]、「葉山文化塾」を賛同者と共に開塾した[2]。花と女性を扱った写真家としても活動しており、2005年には『サンデー毎日』誌の「彩りの時」に着物姿の女性の写真を連載した。

2023年8月11日、心不全のため死去[2][3]。81歳没。

著作

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 “大出一博”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社). 2023年8月20日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 “ファッションプロデューサーの大出一博氏死去”. 産経新聞. (2023年8月20日) 2023年8月23日閲覧。
  3. 1 2 3 4 “ファッションプロデューサーの草分け SUNデザイン研究所の大出一博氏が死去”. セブツー. 2023年8月20日閲覧。

外部リンク