大戸城
(千葉県) | |
|---|---|
| 城郭構造 | 山城 |
| 築城主 | 上総武田氏? |
| 築城年 | 不明 |
| 主な城主 | 里見義豊 |
| 廃城年 | 1590年(天正18年)以降 |
| 遺構 | 曲輪、土橋 |
| 指定文化財 | 未指定 |
| 再建造物 | なし |
| 位置 | 北緯35度14分58.9秒 東経140度04分15.8秒 / 北緯35.249694度 東経140.071056度 |
| 地図 | |
概要
築城時期は不明であり、伝承では里見氏の里見義実の築城とされているが、史実では同氏の天文年間の内紛(天文の内訌)の際に安房国を追われた当主・里見義豊が、上総国の有力領主である真里谷信清(武田恕鑑)から滞在先としてこの城を提供されて反抗の拠点にしている事から、真里谷氏を含めた上総武田氏あるいはその以前の領主によるものと考えるのが近年の考え方である。
