大橋重長

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大橋重長
時代 戦国時代
死没 永禄8年6月26日(1565年7月23日)
主君 織田信秀→信長
氏族 大橋氏
妻 正室:織田信秀娘・くらの方
子 長将、織田信弌
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大橋 重長(おおはし しげなが)は、戦国時代の武将。織田氏の家臣。織田信秀の娘婿で織田信長の姉婿にあたる[1][2]。

略歴

大橋氏は尾張国津島の有力な国人で早くから織田家と親密な関係にあり、重長の代には織田信秀の娘を正室に迎えて信秀や信長に仕えた。

永禄8年(1565年)6月26日、死去[3]。

正室との間に長将、織田信弌が生まれており[4]、信弌は信長からは織田家の御連枝衆として重用されているが、本能寺の変で戦死した[3]。

脚注

  1. ↑ 岡田正人『織田信長総合事典』雄山閣、1999年、147頁。
  2. ↑ 「重長ガ妻ハ信長公ノ御姉クラノ御方也」とある(『張州雑志』)。
  3. 1 2 岡田正人『織田信長総合事典』雄山閣、1999年、148頁。
  4. ↑ 長将の生母は「信長公姉」とある(『系図纂要』)。