大浴場

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ホテルパークの大浴場

大浴場(だいよくじょう)は、比較的大規模な浴場を指す一般的な呼称である。特に旅館やホテルなどの宿泊施設では、多数の宿泊者が共同で利用する浴場を指して広く用いられる[1][2]。観光庁は英語でこの種の浴場を large communal bath と表現している[3]。

「大浴場」は浴場の規模や利用形態を表す呼称であり、温泉法上の温泉や、公衆浴場法上の「公衆浴場」とはそれぞれ異なる概念である。また、旅館業に関する厚生労働省の衛生管理要領では、複数の宿泊者が利用する浴室について主に「共同浴室」という語が用いられている[4]。

名称と範囲

「浴場」は入浴するための場所を意味し、デジタル大辞泉でも用例として「旅館の大浴場」が挙げられている[1]。一方、「大浴場」の「大」に対応する全国一律の面積や収容人数の基準が、旅館業に関する厚生労働省の衛生管理要領に設けられているわけではない。同要領では「共同浴室」の浴槽内面積と洗い場について、いずれも「収容定員に応じて適当な広さ」を有することとしている[4]。

この語は旅館・ホテルだけに限定されない。例えば、男子独身寮における水・湯の使用量を調査した1993年の研究では、約80人を収容する寮の共同入浴設備について「大浴場」の語が用いられている[5]。大学の学生寮の大浴場を対象とした設備工学上の研究も行われている[6]。

歴史

温泉地における内湯の普及

宿泊施設内の大浴場の歴史的背景には、日本の温泉地における浴場利用形態の変化がある。温泉史を研究する高柳友彦は、温泉資源の利用形態を「外湯」と「内湯」に大別している。外湯は温泉地に設けられた共同湯を地域住民と湯治客がともに利用する形態で、内湯は温泉を宿泊施設へ直接引き、旅館内の浴場を利用する形態である[7]。

近世には外湯を中心とする温泉地も多かったが、明治以降、温泉地を訪れる利用者の増加や、利用目的が湯治から観光・行楽へ変化したことなどを背景として、旅館内に源泉を引く内湯が全国的に普及した[7]。ただし「内湯」は宿泊施設内にある浴場を意味するものであり、その規模を表す「大浴場」と同義ではない。

戦前期の大浴場

「大浴場」という名称は高度成長期以前から用いられていたことが確認されている。昭和戦前期の熱海における旅行と旅館の変化を研究した長尾洋子によれば、昭和初期の温泉旅館では、マス・レジャー化に対応するための経営上の工夫として、施設の大規模化に加え、大広間、大浴場、個室などの整備が行われた[8]。

同研究では、熱海の新玉旅館が浴室の写真を掲載した絵葉書について、1934年以前に製作されたものでは「浴場」としていたのに対し、1935年以降のものでは「大浴場」というキャプションを付して宣伝していたことが報告されている[8]。これは少なくとも1930年代半ばには「大浴場」という呼称が旅館の宣伝に用いられていたことを示すが、この時期を語の初出とするものではない。

戦後の普及

第二次世界大戦後、とりわけ高度成長期には温泉地への団体旅行が拡大した。金井雅之は、企業の招待旅行や職場の慰安旅行などが活発化し、大量の宿泊需要への対応から旅館施設が大規模化した過程で、多数の宿泊客を一度に入浴させるための「内湯大浴場」が普及したと整理している[9]。

したがって、大浴場そのものやその名称が高度成長期に初めて成立したわけではないが、この時期は団体旅行と旅館の大型化を背景として、大規模な内湯が広く普及した時期の一つと位置づけられる[8][9]。

宿泊施設における位置づけ

大浴場は、現代の旅館でも主要な館内設備の一つとなっている。国土交通省国土交通政策研究所が2013年12月から2014年1月にかけて、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)青年部所属の旅館経営者を対象に実施し、325件の回答を得た調査では、館内施設について「大浴場」が当てはまるとの回答は71.1%で、「和室」の82.5%に次いで高かった。「温泉」は62.2%であり、大浴場とは別の項目として調査されている[10]。なお、この数値は全旅連青年部所属旅館から回答を得た調査によるものであり、日本の全宿泊施設を対象とした悉皆調査ではない。

大浴場は伝統的な温泉旅館だけに設けられるものではない。宿泊施設の給水・給湯設備について検討した2025年の研究では、宿泊特化型ホテル(ビジネスホテル)についても、大浴場を備える施設が増えていることが指摘されている[11]。

観光庁の旅館案内では、大浴場は通常、事前予約を必要とせずに利用する共用施設として説明されている。一方、宿泊施設によっては客室内の浴室のほか、一定時間を専用できる貸切風呂などを設けている場合もある[2][3]。

温泉との関係

大浴場と温泉は異なる概念である。温泉法では、温泉は地中から湧出する温水、鉱水、水蒸気その他のガスのうち、摂氏25度以上であるか、法令で定められた物質のいずれかを一定量以上含むものと定義されている[12]。

これに対して「大浴場」は、浴場の規模や施設形態に関する呼称であり、浴槽に用いられる湯が温泉であることを意味しない。観光庁の英語版旅館案内でも、天然温泉の湯を用いる浴場と、それに類似した形式の large communal bath とを区別して説明している[3]。したがって、大浴場には温泉を利用するものと、温泉ではない湯を利用するものがある。

温泉を公共の浴用に供する場合には、温泉法に基づく表示制度が適用される。環境省によれば、温泉を加水または加温して利用する場合、循環させて利用する場合、入浴剤等を加える場合または消毒を行う場合には、その旨や理由などを施設内の見やすい場所に掲示することとされている[13]。

法制度上の位置づけ

「大浴場」という呼称と、公衆浴場法における「公衆浴場」とは区別する必要がある。

公衆浴場法では、公衆浴場を「温湯、潮湯又は温泉その他を使用して、公衆を入浴させる施設」としている。公衆浴場法の対象には、いわゆる銭湯のほか、健康ランド、スポーツ施設に併設された浴場、サウナ、事業所の福利厚生用浴場などが含まれる[14]。

一方、厚生労働省は、他法令に基づいて設置され衛生措置が講じられている施設を公衆浴場法の適用外とし、その例として旅館業法の適用を受ける宿泊施設の浴場を挙げている[14]。そのため、ホテルや旅館が浴場を「大浴場」と称していることだけをもって、公衆浴場法上の公衆浴場に該当するものではない。

ただし、旅館・ホテルの浴場を宿泊者以外にも利用させる、いわゆる日帰り入浴・立ち寄り湯を営業する場合には、公衆浴場法に基づく許可が別途必要となる扱いがなされる[15][16]。このように、適用される法制度は「大浴場」という名称そのものではなく、施設の設置目的や利用者、営業形態によって異なる。

構造と設備

厚生労働省の「旅館業における衛生等管理要領」は、地方公共団体に対する技術的助言として旅館・ホテルの衛生管理や施設設備の考え方を示している[4]。同要領では、共同浴室を設ける場合は原則として男女別に各1か所以上を設けることとし、浴槽内面積と洗い場について収容定員に応じた広さを確保することとしている[4]。

また、共同浴室の浴槽について、必要に応じて手すりや内側の踏段を設けるなど、高齢者や子ども等に配慮することが望ましいとしているほか、入浴者が利用しやすい場所への飲料水供給設備の設置などを示している[4]。共同浴室には脱衣場を付設することも示されている[4]。

大浴場には、施設によって露天風呂、気泡発生装置、ジェット噴射装置、打たせ湯、サウナなどが併設されることがある。厚生労働省は、特に微小な水滴を発生させる設備について、過去のレジオネラ症発生事例を踏まえ、十分な衛生管理が可能となる構造設備上の措置が必要としている[4]。

設備工学上、大浴場は宿泊施設の水・湯の使用量にも大きく関係する。宿泊施設の給水・給湯量を扱った研究では、浴槽への湯張りや清掃を宿泊者の滞在に直接伴わない水使用として分類し、特に大規模な大浴場については、一般的な宿泊者1人当たりの設計用給水量とは別に用水量を計上することが提案されている[11]。

湯の供給方式と衛生管理

大浴場で用いられる湯の供給方式は施設によって異なり、大浴場であること自体は掛け流し式・循環式の別を意味しない。

厚生労働省の衛生管理要領は「循環式浴槽」を、温泉水や水道水の使用量を少なくする目的で、浴槽の湯をろ過器などを通して循環させる構造の浴槽と定義している[4]。同要領によれば、近年の入浴施設では、ろ過器、貯湯槽、循環配管などによって複雑な循環系を構成する場合がある一方、掛け流し式の浴槽施設でも、施設の大型化や複数の浴槽への配湯などに伴い、貯湯槽や複雑な配管を備える場合がある[4]。

多数の利用者が使用する浴槽では、水質と設備の衛生管理が重要となる。浴槽水には入浴者の体表や周囲の環境から微生物が持ち込まれ、ろ過器、浴槽、配管の内壁などに生物膜が形成されることがある。厚生労働省は、この生物膜がレジオネラ属菌などの微生物を消毒剤から保護し、浴槽水の消毒のみでは汚染を十分に除去できない場合があるとして、浴槽水だけでなく、ろ過器や循環配管などを含む設備全体の清掃・消毒と生物膜の除去を求めている[4]。

このため、大浴場の衛生性を、浴槽の大きさ、温泉であるか否か、掛け流しか循環式かといった一つの要素だけで判断することはできず、使用する湯、配管・ろ過設備の構成、水質管理および清掃・消毒などを含めた衛生管理が必要となる[4]。

脚注

  1. 1 2 “浴場”. デジタル大辞泉(コトバンク). 小学館. 2026年9月1日閲覧。
  2. 1 2 “旅館Q&A あなたの疑問に答えます!”. 観光庁. 2026年9月1日閲覧。
  3. 1 2 3 “Questions for Ryokan? Look here!” (英語). Japan Tourism Agency. 2026年9月1日閲覧。
  4. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 “旅館業における衛生等管理要領の一部改正について(令和8年1月20日健生発0120第48号)” (PDF). 厚生労働省 (2026年1月20日). 2026年9月1日閲覧。
  5. ↑ 紀谷文樹; 円角健一; 市川憲良; 小川正晃; 栗原隆 (1993). “男子独身寮における水および湯の使用量に関する実態調査と解析 : 冬期と夏期における実測結果の比較”. 空気調和・衛生工学会論文集 18 (51): 69-78. doi:10.18948/shase.18.51_69.
  6. ↑ 稲垣佳紘; 光永威彦; 岡内繁和; 小島邦晴 (2024). “学生寮大浴場における浴槽からの損失熱量に関する研究”. 令和6年度空気調和・衛生工学会大会学術講演論文集. doi:10.18948/shasetaikai.2024.01.0_5.
  7. 1 2 高柳友彦 (2018). “温泉資源管理の歴史―近現代日本を事例に”. 水資源・環境研究 31 (2): 84-87. doi:10.6012/jwei.31.84.
  8. 1 2 3 長尾洋子 (2011). “昭和戦前期におけるレジャーのかたち―福井家とレジャー革命”. 東西南北 (和光大学総合文化研究所) 2011: 80-108 2026年9月1日閲覧。.
  9. 1 2 金井雅之 (2008). “温泉地の旅館経営における二つの方向性―〈資本力〉と〈おもてなし〉の複合因果に関する計量分析”. 山形大学紀要(社会科学) (山形大学) 38 (2): 107-128 2026年9月1日閲覧。.
  10. ↑ “旅館ブランドに関する調査研究―旅館経営者の外国人旅行者受入の実態と外国人宿泊客から見た「Ryokan」” (PDF). 国土交通省国土交通政策研究所. pp. 16-18 (2014年10月). 2026年9月1日閲覧。
  11. 1 2 嶌田成二; 小島邦晴; 光永威彦; 土井章弘 (2025). “建物用途ごとの新しい単位給水量の提案 第6報―宿泊施設の設計用単位給水量・単位給湯量”. 空気調和・衛生工学会論文集 50 (334): 21-29. doi:10.18948/shase.50.334_21.
  12. ↑ “温泉の定義”. 環境省. 2026年9月1日閲覧。
  13. ↑ “温泉を利用される方々へ―温泉利用施設における掲示項目が追加されます” (PDF). 環境省. 2026年9月1日閲覧。
  14. 1 2 “公衆浴場法概要”. 厚生労働省. 2026年9月1日閲覧。
  15. ↑ “公衆浴場業”. 静岡市 (2026年4月9日). 2026年9月1日閲覧。
  16. ↑ “公衆浴場に関すること”. 岩手県. 2026年9月1日閲覧。

関連項目