大澤嘉平治

ウィキペディアから、無料の百科事典
1952年

大澤 嘉平治(おおさわ かへいじ、1905年(明治38年)5月17日[1] - 1983年(昭和58年)8月21日)は日本の政治家、実業家。衆議院議員(2期、民主党→民主自由党)

経歴

1905年(明治38年)に栃木県で生まれ、法政大学商業学校を卒業する。野洲繊維工業、安足産業、安足自動車運送、大澤建設工業、日本化工、東京タクシーなど多くの社長を務め、佐野商工会議所初代会頭に就任する。

1947年(昭和22年)に第23回衆議院議員総選挙に栃木県第2区から出馬し、当選する(連続2期)。また、民主自由党総務を務める。

1980年(昭和55年)秋の叙勲で勲三等瑞宝章受章[2]。

1983年(昭和58年)8月21日死去、78歳。死没日をもって正五位に叙される[3]。

脚注

  1. ↑ 衆議院『衆議院議員名簿.第5回国会』〈衆議院公報附録〉、1949年、13頁。
  2. ↑ 『官報』第16144号4頁 昭和55年11月13日号
  3. ↑ 『官報』第16973号15-16頁 昭和58年8月30日号

参考文献

  • 『日本人物情報大系 第30巻』(皓星社、2000)

外部リンク