大野裕明

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おおの ひろあき
大野 裕明
星の村天文台にて
生誕 (1948-06-19) 1948年6月19日(78歳)
日本の旗 日本・福島県福島市
国籍 日本の旗 日本
職業 天文家、天文ジャーナリスト、実業家
著名な実績
  • 星の村天文台の設立・復興
  • 白河天体観測所の設立参画・広報
  • 「星空への招待」の主催・司会
  • 小惑星 (8410) Hiroakiohno 命名
  • 隕鉄を用いた「隕星剣」の作刀プロデュース
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大野 裕明(おおの ひろあき、1948年6月19日 - )は、日本の天文家、天文ジャーナリスト、実業家。福島県田村市(旧・田村郡滝根町)にある星の村天文台の初代台長および名誉台長を務める。自らを「天文学者」ではなく、星空の魅力を楽しく伝える「天文楽者」と称して普及活動を行っている[1]。

来歴

  • 1948年、福島県福島市に生まれる。実家は染色業(大野模様店)および呉服店を営んでいた[1]。
  • 小学生の時、担任の理科教諭が望遠鏡を用いて天井に太陽投影像を映し出して見せてくれたことに強い衝撃を受け、天体観察に熱中するようになる[1][2]。
  • 写真が趣味であった父親の影響で中学時代から天体写真撮影を始め、1965年には世界的に話題となった池谷・関彗星の撮影に成功した[1]。
  • 高校生の頃、天体写真家の藤井旭と出会い師事。また、元国立科学博物館の村山定男とも交流を深め、隕石の収集や研究に強い影響を受ける[1]。
  • 高校卒業後は家業を継ぐ傍ら、藤井らとともに私設天文台「白河天体観測所」の設立(1969年)に参画。資金面を支援する代わりに広報担当を務め、メディア対応や普及活動の前面に立った[1]。
  • 1975年から1984年にかけて、吾妻山浄土平で開催された日本初の大規模星まつり「星空への招待」の主催・司会進行を担当。毎年2,000〜3,000人の参加者を集め、後の福島市浄土平天文台設置への契機を作った[1]。
  • 1991年7月、滝根町(現・田村市)が観光名所「あぶくま洞」(地底の宇宙)に対し「本物の宇宙も見せたい」として推進した町おこし事業に協力し、開設された「星の村天文台」の初代台長に就任した[1]。
  • 2001年1月、長年の天文普及への功績が認められ、上田清二と金田宏が発見した小惑星8410番が彼にちなんで「Hiroakiohno」と命名された。
  • 2008年10月、星の村天文台の運営管理を担う株式会社大野企画を設立し、代表取締役社長に就任。2009年4月より指定管理者として再び天文台の運営全般を指揮した。約10年間社長を務めた後、次男に社長職を譲り、自身は取締役会長に就任した[1]。
  • 2011年3月、東日本大震災により星の村天文台および主望遠鏡が甚大な被害を受けるが、全国の天文愛好家やメーカーの支援を受けて修復を指揮し、翌年に復興を遂げた[1]。

人物・活動

プラネタリウムと星空解説

  • 専門用語を極力排し、ユーモアを交えた分かりやすい語り口の星空解説に定評がある。星の村天文台の夜間公開では多くの来館者を惹きつけるほか、併設されたプラネタリウムではオリジナル番組の企画・制作を手がけている[1]。
  • 初めて望遠鏡を覗く来館者に対して「利き目」の確認を促す案内を用意するなど、誰もが無理なく星空を楽しめる工夫を凝らしている。
  • 地元メディア(テレビ・ラジオなど)への出演も多く、地域の天文普及の顔として親しまれている[1]。

星の村天文台と「絆」望遠鏡

  • 2011年3月11日の東日本大震災発生時、大野は直前まで主望遠鏡で太陽観測を行っていた。揺れが収まった直後に観測ドームへ戻ると、重量約5トンの望遠鏡のうち架台部分約3トンが床を突き破り階下へ落下・損壊していた[1]。
  • 天文台の存続が危ぶまれたが、最も重要な口径65cmの主鏡が無事であったことや、全国および海外の星仲間からの支援金・メッセージ、さらに望遠鏡メーカー(三鷹光器等)の協力が後押しとなり、震災から約1年後に再建を果たした[1]。
  • 支援への感謝と復興の象徴として、主望遠鏡には「絆(きずな)」の愛称が名付けられ、破損した旧架台部品は震災の記録として天文台本館1階に保存・展示されている[1]。

隕石収集と「隕星剣」の作刀

  • 村山定男の影響から隕石の収集・研究普及にも情熱を注ぎ、星の村天文台内には自身が収集した多種多様な隕石標本が常設展示されている。
  • 1992年には、自身が所有するキャニオン・ディアブロ隕石などの鉄隕石(隕鉄)を一部用いて、刀匠の藤安将平に依頼し両刃の剣「隕星剣(いんせいけん)」を作刀させた。宇宙からの物質と伝統的な日本刀の鍛錬技術が融合したこの剣は、天文普及の象徴として各地の博物館やイベント等で公開されている。

小惑星の命名提案

  • 2026年、長年の友人である円舘金および渡辺和郎が発見した小惑星に対し、福島県南会津町での火球観測・隕石捜索活動を契機として「Minamiaizumachi(南会津町)」と命名することを提案した。同年6月に国際天文学連合(IAU)によって正式登録され、大野が同町を訪問して登録証の贈呈を行った。

メディア活動・海外ツアー

  • ラジオ短波(日本短波放送)の『ビバ!スカイウォッチング』を約7年間にわたり担当したほか、NHK教育テレビ『趣味悠々「親子のための星空観察」』などに出演。
  • 日食観測やオーロラ観測ツアーのインストラクター・企画者としても長年活動しており、気象統計に基づいた観察ツアーを案内している[1][2]。

主な役職

  • 星の村天文台 台長(名誉台長)
  • 株式会社大野企画 取締役会長(元・代表取締役社長)[1]
  • 福島天文同好会 会長
  • 日本宇宙少年団 福島分団 団長
  • 福島県環境アドバイザー
  • 株式会社ビクセン アドバイザー
  • 白河天体観測所 広報担当[1]

受賞歴

  • 1995年7月 - 環境庁長官賞(地球環境保全と星空継続観測の功績)
  • 1998年3月 - 第15回 NHK東北ふるさと賞

主な出演・著書

テレビ・ラジオ

  • 『ビバ!スカイウォッチング』(ラジオ短波、1986年 - 1993年)
  • 『趣味悠々 親子のための星空観察』(NHK教育テレビ、1999年)
  • 『あさいちばん』(NHKラジオ第1、リポーター)
  • 『サタデーふくしま』(福島テレビ、コメンテーター)

著書・寄稿

  • 『見ておもしろい星雲星団案内』(誠文堂新光社)
  • 『図説 天体観測入門』(誠文堂新光社)
  • 『星空手帳 今夜も星の世界へ出かけよう!』(大人の遠足BOOK / JTBパブリッシング)
  • 『自作のプラネタリウム』(二見書房、アンドリュー・デュアーとの共著)
  • 『プロセスでわかる天体望遠鏡の使い方』(誠文堂新光社、2011年)
  • 『星を楽しむ 天体望遠鏡の使いかた』(誠文堂新光社、榎本司との共著、2019年)
  • 『星を楽しむ 天体観測のきほん』(誠文堂新光社、榎本司との共著、2019年)
  • 『星を楽しむ 星座の見つけかた』(誠文堂新光社、榎本司との共著、2020年)
  • 『星を楽しむ 双眼鏡で星空観察』(誠文堂新光社、榎本司との共著、2021年)
  • 『星を楽しむ 星空写真の写しかた』(誠文堂新光社、榎本司との共著、2021年)
  • 雑誌寄稿:『月刊天文ガイド』、『星ナビ』等

関連項目

脚注

外部リンク