奥州宇宙遊学館

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奥州宇宙遊学館

奥州宇宙遊学館(おうしゅううちゅうゆうがくかん)は、岩手県奥州市が運営する社会教育施設。国立天文台水沢VLBI観測所の敷地内に立地し、建物は緯度観測所(現・水沢VLBI観測所)の旧本館を再構築し、再現したものである。

沿革

1921年、緯度観測所本館完成。当時としては珍しい、望楼を持つドイツ風建築物である。1967年まで使用された[1]。

2005年10月、国立天文台は同建物の解体を決定、翌年2月より解体を開始する予定になっていた。ちょうどそのころ、宮沢賢治学会の一行がたまたま同建物を訪れ、「宮沢賢治がたびたび訪れ、『銀河鉄道の夜』などの名作を生んだ貴重な財産を残してほしい」という趣旨の発言を残して帰っていった[1]。

程なくしてイーハトーブ宇宙実践センター(後にNPOとなり、奥州宇宙遊学館の管理・運営を委託される)会員らが保存のための活動を開始、やがて市民を巻き込む運動へと拡大した。

2005年12月には市民団体から当時の水沢市議会に保存を求める請願が提出され採択された[2]。これを受けて水沢市は国立天文台に解体の延期を申し入れ認められた[2]。

2006年1月13日付の朝日新聞には、同建物の歴史的役割と宮沢賢治作品とのかかわりに文化的価値を見出すコラムが掲載された[3]。

2007年4月4日、ついに国から奥州市に同建物が譲渡されると決定した。奥州市は耐震改修工事・展示の整備などを進め、2008年4月、奥州宇宙遊学館として開館した[1]。

2017年10月27日に「旧緯度観測所本館」として国の登録有形文化財に登録された[4]。

小惑星への命名

緯度観測100年を記念して、いくつかの小惑星に緯度観測所や奥州市に関する名前が与えられ、奥州宇宙遊学館を通して水沢市に贈呈された[5]。

緯度観測所または奥州市にちなんで命名された小惑星
英名和名発見発見者命名の由来備考
(6233) Kimura キムラ1986-02-08伊野田繁, 浦田武初代緯度観測所長・木村栄
(6269) Kawasaki 1990-10-20浦田武第二代緯度観測所長・川崎俊一
(6760) Ikeda 1992-01-24浦田武第三代緯度観測所長・池田徹郎
(6838) Okuda オクダ1995-10-30清水義定, 浦田武第四代緯度観測所長・奥田豊三
(7139) Tsubokawa 1994-02-14新島恒男, 浦田武第五代緯度観測所長・坪川家恒
(7308) Hattori 1995-01-31清水義定, 浦田武初代国際極運動観測事業中央局長・服部忠彦
(7525) Kiyohira 1992-12-18名取亮, 浦田武藤原清衡江刺市の要望による
(7530) Mizusawa 水沢1994-04-15円館金, 渡辺和郎VERA水沢局緯度観測100周年を記念して
(7572) Znokai Zノカイ1989-09-23円館金, 渡辺和郎緯度観測所のスタッフが作った親睦会「Zの会」
(7590) Aterui あてるい1992-10-26円館金, 渡辺和郎アテルイ水沢市の要望による
(7596) Yumi 1993-04-10円館金, 渡辺和郎第二代国際極運動観測事業中央局長・弓滋
(8133) Takanochoei タカノチョウエイ1977-02-18香西洋樹, 古川麒一郎高野長英
(13569) Oshu 奥州1993-03-04関勉奥州市奥州市発足を記念して

出典

  1. 1 2 3 120周年 2019, p. 181.
  2. 1 2 “行ってみよう奥州宇宙遊学館”. 奥州市. 2025年7月27日閲覧。
  3. ↑ 「天声人語」『朝日新聞』2006年1月13日。
  4. ↑ 文化遺産オンライン
  5. ↑ 120周年 2019, p. 186.

参考文献

  • 国立天文台水沢創立120周年記念誌編集委員会 編『国立天文台水沢創立120周年記念誌』2019年12月14日、180-187頁。 

関連項目

外部リンク