学習する組織

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学習する組織(がくしゅうするそしき、英: learning organization)は、組織の成員が望む成果を生み出す能力を継続的に高め、共同して学ぶ方法を学び続ける組織を指す概念である。マサチューセッツ工科大学(MIT)のピーター・センゲが1990年の著書『The Fifth Discipline: The Art and Practice of the Learning Organization』で体系化し、広く知られるようになった[1][2]。センゲは、学習する組織を築くための5つの「ディシプリン」として、システム思考、自己マスタリー、メンタル・モデル、共有ビジョン、チーム学習を挙げた[2]。

日本語では「ラーニング・オーガニゼーション」とも表記される[3]。センゲの著書は1995年に『最強組織の法則』の題で抄訳が刊行され、2006年の改訂版が2011年に『学習する組織』の題で完訳された[1][4]。概念は経営学のほか、教育、看護、行政などの分野でも論じられている[1]。

概要

学習する組織は、センゲが著書で示した「組織改革の概念と実践方法を合わせたアプローチ」と説明される[1]。同書は企業を念頭に書かれているが、その考え方は学校、病院、軍隊、行政機関、NPOなどにも広がった[1]。センゲ自身は、この理論が多くの先行研究を集約したものであり、「私自身の創案と言うつもりはない」と記している[1]。

学術研究のうえでは、学習する組織は組織学習の研究と密接に関係しながらも区別される。組織学習の研究が「組織はどのように学習するのか」を問う記述的な研究であるのに対し、学習する組織の文献は「組織はどのように学習すべきか」を問う規範的な議論であり、実務家を主な読者とする[5]。同様に、組織学習は組織のなかに既に存在する過程を指し、学習する組織は組織の理想的な形態を指すという整理もある[6]。他方、中村香は学習する組織論を「組織学習という経営学の一分野」と位置づけており[1]、日本の教育経営学では、アージリスとショーンの組織学習論、ショーンの省察的実践家論、センゲの「学習する組織」論を一括して「学習する組織」と呼ぶ用法もある[7]。組織学習の研究そのものについては組織学習の記事に詳しい。

センゲの理論のほかにも、ハーバード・ビジネス・スクールのデイビッド・ガービン(David A. Garvin)[8]、ヴィクトリア・マーシック(Victoria J. Marsick)とカレン・ワトキンス(Karen E. Watkins)らが、それぞれ独自に学習する組織を定義している[2]。そのため「学習する組織」という語の理解は論者によって異なり、文献上の用法は4つの型に分類できるという研究もある[9]。

成立の背景

システム・ダイナミクスと組織学習論

センゲの言うシステム思考は、MITのジェイ・フォレスターらが開発したシステム・ダイナミクスの理論に基づいており、センゲはそのなかでも原因と結果が循環する非線形的な相互関連を特に強調している[10]。中村香によれば、センゲがMITの大学院に入った年は、ローマ・クラブがフォレスターのシステム・ダイナミクスを用いて人類の危機に関する研究(のちの『成長の限界』)を始めた年であり、センゲは地球規模の課題の因果関係をモデル化するこの研究に携わるなかで問題意識を育んだ[1]。1990年の論文でも、フォレスターの企業設計論を参照している[11]。

学習する組織の重要な要素の多くは、ハーバード大学のクリス・アージリス(英語版)とMITのドナルド・ショーンによる組織学習の研究に源流がある[2][1]。センゲは1990年の論文で、自らの「適応的学習(adaptive learning)」と「生成的学習(generative learning)」の区別が、アージリスとショーンの「シングルループ学習」と「ダブルループ学習」の区別に根ざすと注記している[11]。また、タラ・フェンウィック(Tara Fenwick)は、学習する組織の考え方が、経済のグローバル化、組織学習、総合的品質管理(TQM)という3つの思潮の合流のなかで1990年代以降に体系化されたと指摘している[2]。

センゲは同論文の序盤で、ロイヤル・ダッチ・シェルのアリー・デ・グース(英語版)による1988年の論文を引き、同社の調査で1970年の『フォーチュン』500社の3分の1が1983年までに姿を消したことを紹介して、組織が学習する能力の重要性を論じた[11]。創造的緊張の考え方はロバート・フリッツの仕事に由来するとされる[11]。

MITの組織学習センター

センゲはMITに設けられた組織学習センター(Center for Organizational Learning)を率い、ショーン、アージリス、エドガー・シャインらが主要な助言者として関わった[1]。同センターは中規模から大規模の企業の連合によって運営され[12]、のちに組織学習協会(英語版)(Society for Organizational Learning、SoL)としてMITから独立した。MITの学内報は、SoLが1991年にMITの研究センターとして発足し、1998年9月の時点で独立した組織として1周年を迎えたと伝えている[13]。一方、中村香はセンターの設立を1989年、独立を1997年としている[1][注釈 1]。日本でもSoLジャパンという学習コミュニティが発足している[1]。

理論の内容

定義

センゲは学習する組織を、人々が心から望む成果を生み出す能力を継続的に伸ばし、新しく広がりのある思考パターンが育まれ、集団としての志が解き放たれ、人々が共同して学ぶ方法を継続的に学び続ける組織と表現した[14]。日本語の文献ではこの定義は「人々がたゆみなく能力を伸ばし、心から望む結果を実現しうる組織」「共同して学ぶ方法をたえず学びつづける組織」などと訳されている[1][2]。土谷茂久は、この定義を自身の学習モデルに当てはめ、学習する組織を「絶えずダブルループ学習を行う組織」と言い換えている[15]。

センゲは同時に、学習を単なる情報の獲得とは区別した。中村香の整理によれば、センゲらにとって学習とは人生で真に望む結果を得るための能力開発であり、実践的なノウハウは実践と絶えざる省察によってのみ培われるものとされる[1]。

組織の学習障害

センゲは著書の第2章「あなたの組織は学習障害を抱えていないか?」(邦訳の章題)で、多くの組織の学習がうまくいかないのは偶然ではなく、組織の設計と運営のされ方、人々の考え方と相互作用の仕方に原因があるとし、組織に見られる7つの「学習障害(learning disabilities)」を挙げた[14][4][注釈 2]。

  1. 自分の職務と自分自身を同一視し、全体のなかでの自分の役割に責任を感じなくなる(I am my position)。
  2. 問題の原因を常に外部に求める(the enemy is out there)。
  3. 外部の敵に積極的に立ち向かうことを、主体的な行動と取り違える(the illusion of taking charge)。
  4. 個々の出来事にとらわれ、出来事の背後にある緩やかな変化のパターンを見落とす(the fixation on events)。
  5. 徐々に進む脅威に気づけない。湯が徐々に温められると逃げ出さずにゆで上がってしまうというカエルのたとえで説明される(the parable of the boiled frog)。
  6. 自らの行動の帰結が時間的・空間的に遠い場所で現れる場合、経験から直接学ぶことはできない(the delusion of learning from experience)。
  7. 経営陣が対立を避けて一枚岩を装い、学習が妨げられる(the myth of the management team)。

センゲはこれらの障害を体験的に示す例として、ビールゲームを用いた。ビールゲームは1960年代にMITスローン経営大学院で開発された流通のシミュレーションで、参加者は小売店や卸売業者などの役割を受け持つ[14]。このゲームは世界各地で数多く行われてきたが、センゲはその結果から、問題を生み出すのは個々の参加者ではなくシステムの構造であると論じた[14]。

5つのディシプリン

センゲの言う「ディシプリン」とは、学習する組織を志向するために習得すべき理論と技法の総体であり、センゲは「ディシプリンを実践するとは、生涯学習者になること」とも述べている[1]。5つのディシプリンは個別に使うものではなく、システム思考が他の4つを統合するものとされる[10]。訳語は文献によって異なり、1990年代の学術論文では「個人マスタリー」「メンタルモデルの変革」「共有ビジョンの構築」[15][10]、2007年の論文では「メンタルモデルの克服」[2]なども用いられている。2011年の邦訳では、第III部「核となるディシプリン」の第8章から第11章が「自己マスタリー」「メンタル・モデル」「共有ビジョン」「チーム学習」と題され、システム思考は第II部の題となっている[4]。

自己マスタリー(personal mastery)
個人の成長と学習のディシプリンである。自分が本当に望むビジョンを明確にし続け、同時に現実を客観的に見ることで、ビジョンと現実の差から生じる「創造的緊張(creative tension)」を保ち続けることが中心に置かれる[10]。センゲは創造的緊張を、ビジョンと現実のあいだに張られたゴムひもにたとえて説明した[14]。
メンタル・モデル(メンタルモデル、mental models)
心に深く染み込んだ仮説や一般化、イメージなどで、人が世界をどう見るか、どう行動するかに影響を及ぼしているものを指す[10]。センゲはアージリスの、人は口にする「信奉理論(espoused theory)」ではなく実際の「使用理論(theory-in-use)」に従って行動するという考えに依拠し、ショーンの研究を引いて、省察的実践がこのディシプリンの本質だと述べている[1]。
共有ビジョン(shared vision)
未来の行為を導く共同の夢を打ち立てることである[2]。センゲは、自己マスタリーに基づく共有ビジョンがなければ学習する組織は実現できず、人々が真に成し遂げたい目標に引かれる力がなければ現状を維持する力のほうが勝ってしまうと論じた[1]。
チーム学習(team learning)
センゲはチームを組織における学習の基本単位とみなした[10]。チーム学習は、メンバーが真に望む結果を生むためにチームの能力を整え高めていく過程であり、「対話(dialogue)」から始まるとされる[10]。
システム思考(systems thinking)
他の4つのディシプリンを統合する「第五のディシプリン」で、書名の由来でもある[10]。直線的な因果の連鎖ではなく相互の関係を、静止した断面ではなく変化の過程を見るという「見方の転換」と説明される[14]。中村香は、システム思考を、世界が互いに無関係な力から成るという考えを退け、目に見える出来事に自分がどのように関わり、どう変えていけるかを主体的・協働的にとらえる思考のあり方と要約している[1]。

対話とディスカッション

チーム学習の中核にある「対話」の考え方は、物理学者デヴィッド・ボームの対話論に依拠している[14]。センゲは会話の形を対話とディスカッションに分け、ディスカッションの目的が自分の考えを集団に認めてもらい決定を下すことにあるのに対し、対話の目的は自分の理解を深め、複雑な問題を探求することにあるとした[10]。対話では、各人が自分の持つ前提を「保留(suspend)」して互いに見えるようにし、参加者を互いに仲間とみなし、ファシリテーターが対話の文脈を保つことが条件とされる[10]。

システム思考の法則とシステム原型

センゲは著書の第4章「システム思考の法則」で、システム思考の考え方をいくつかの「法則」として示した[4]。その一つは、原因と結果は時間的にも空間的にも近接していないというものである[14]。

システム・ダイナミクスの観点からは、人間は行為者として現実世界の構造に埋め込まれてフィードバックの過程の一部を成しており、その構造にはいくつかの型があるとされる[10]。センゲはこうした繰り返し現れる構造の型を「システム原型(systems archetypes)」と呼び、「成長の限界(limits to growth)」「問題のすり替わり(shifting the burden)」などの例を示した[14]。2011年の邦訳には付録として「システム原型」が収められている[4]。

センゲの考え方を説明する図として、目に見える出来事の下にパターン、構造、さらにメンタル・モデルが隠れているとする「氷山モデル」もよく用いられる[1]。中村香はこれを、企業の赤字という出来事の前に苦情や在庫の増加といったパターンがあり、それを生む構造の根底に「企業の成長とは規模を拡大させること」といったメンタル・モデルがある、という例で説明している[1]。

リーダーの役割

センゲは1990年の論文「The Leader's New Work: Building Learning Organizations」で、学習する組織におけるリーダーの仕事を論じた[11]。センゲは学習する組織のリーダーを設計者(designer)、スチュワード(steward、執事・世話役の意)、教師(teacher)の3つの役割でとらえた[12]。2011年の邦訳でも、第15章「リーダーの新しい仕事」に「設計者としてのリーダー」「教師としてのリーダー」の節がある[4]。

センゲらは後の著作でも、多くの管理職が「部下にやる気を起こさせて、やるべきことをやらせる」ことを自分の仕事と考えていると指摘し、組織を機械のように効率よく動かそうとする管理観を批判している[1]。

改訂版での展開

2006年の改訂版では、企業や非営利組織、国際機関などの実践者への聞き取りに基づく100ページ以上の新しい記述が加えられた[16]。中村香によれば、センゲらは「志(aspiration)」「複雑さの理解(understanding complexity)」「省察的なコミュニケーション(reflective conversation)」の3つを、1本でも欠ければ倒れる三脚の腰掛けにたとえ、「チームのコアとなる学習力」として示している[1]。また中村によれば、初版の段階からショーンの考えは随所で引用されていたが、改訂版では省察的実践、信奉理論、使用理論が項目名にも用いられ、その位置づけが明確になった[1]。

他の論者による学習する組織論

ガービンは1993年の論文「Building a Learning Organization」で、改善に取り組む企業の多くが失敗するのは、改善の前提となる学習を理解していないためであり、学習するには美辞麗句や高尚な哲学を越えて基本に目を向ける必要があると述べた。ガービンは、意味(明確で適用しやすい定義)、管理(実践のための運用指針)、測定(学習の速度と水準を評価する道具)の「3つのM」を課題として挙げた。学習する組織を、知識を創造・獲得・移転し、新たな知識や洞察を行動の変化に反映できる組織と定義したうえで、体系的な問題解決、新しい手法の実験、過去の経験からの学習、他者のベスト・プラクティスからの学習、組織全体への迅速で効率的な知識の移転という5つの活動を挙げた[8]。のちの著書『アクション・ラーニング』(原題 Learning in Action、2000年)では、学習する組織の定義が年月とともに曖昧になったことを指摘し、組織が学習する組織かどうかを判別する5つの問い(学習の課題が明確に定義されているか、不都合な情報にも耳を傾けているか、同じ失敗の繰り返しを避けているか、中心人物が離れると不可欠な知識を失うか、自らの知識に基づいて行動しているか)を示した[2]。

村山浩之によれば、マーシックとワトキンスは1993年に、人々が共同して学ぶことに注目して、継続的な学習機会の創出、探求と対話の促進、協働とチーム学習の奨励、学習を取り込み共有するシステムの確立、集合的ビジョンに向けた人々のエンパワーメント、組織と環境の結合という6つの要素を挙げた[2]。この枠組みはのちに測定尺度の開発につながった(後述)。

2008年には、ガービン、エイミー・エドモンドソン(英語版)、フランチェスカ・ジーノ(Francesca Gino)が、学習する組織の「3つの構成要素」として、支援的な学習環境、具体的な学習のプロセスと実践、学習を強化するリーダーシップを挙げ、それを測定する調査票を発表した。支援的な学習環境は、心理的安全性、差異の尊重、新しいアイデアへの開放性、内省のための時間から成るとされる[17]。

イギリスでは、マイク・ペドラー(Mike Pedler)、ジョン・バーゴイン(John Burgoyne)、トム・ボイデル(Tom Boydell)が、「学習する企業(learning company)」の語で1991年に著書を刊行している[18]。

研究

測定と実証研究

マーシックとワトキンスは、文献と事例研究をもとに16年をかけて学習する組織のモデルを開発し、それに基づく質問紙「学習する組織の次元質問紙(Dimensions of the Learning Organization Questionnaire、DLOQ)」を作成した[19]。ヤンらは2004年にDLOQの構成概念妥当性を検討し、想定した7つの次元について許容できる信頼性が得られたと報告している[20]。

DLOQを用いた研究では、エリンジャーらが2002年に、企業を対象とした調査から、学習する組織の概念と企業の財務業績とのあいだに正の関連があることを示した[21]。2021年のメタ分析は、DLOQの得点が財務・知識・イノベーションなどの組織業績、および組織コミットメントや職務満足などの従業員の態度と正の相関を示し、離職とは負の相関を示すことを報告した。同じメタ分析では、国の文化のうち権力格差が、学習する組織と組織業績との関係を調整していた。いずれも相関・関連を報告した研究である[22]。

2006年にキードロウスキーは、センゲのディシプリンを包括的に実証検証した研究が従来欠けていたと述べたうえで、ある銀行の一部門で2000年に実施されたセンゲ型の介入を、5年間にわたる3回の従業員調査で評価した。その部門では職務満足度が統計的に有意に向上したものの、その向上幅は銀行全体と比べて統計的に有意な差がなく、センゲのディシプリンは組織変革の方法論としてはそれだけでは不十分だと結論づけた[23]。

日本での研究

日本では1990年代後半に、『経営情報学会誌』に学習する組織を扱う論文が掲載されている。土谷茂久は1998年に、学習する組織の実現をシミュレーションによるシステム思考の支援という観点から論じ、組織論の中心課題とされるダブルループ学習について実証的研究が「きわめて少ない」ことを指摘した[15]。中西晶と木嶋恭一は1999年に、学習する組織に向けた人材開発システムの再構築を論じた[10]。

教育学では、中村香が2007年度にお茶の水女子大学に提出した博士論文をもとに、センゲの理論を成人の学習論の視点から体系的に読み解く著書『学習する組織とは何か ― ピーター・センゲの学習論』(2009年)を刊行した[24]。この著書の書評で佐藤一子は、センゲは日本でも経営学の分野ではよく知られている一方、成人の学習論や教育学の分野では本格的な研究対象になってこなかったと述べている[24]。中村はまた、学習する組織論と日本の社会教育学における成人学習論が、ショーンの「省察的実践」という考え方で通底すると論じた[1]。

ほかに、非営利組織への適用可能性を論じた研究[2]、学校経営組織論の立場から学校を学習する組織としてとらえる研究[7]、自治体を対象に学習する組織の尺度を検討した研究[25]などがある。中村香が2011年2月に国立情報学研究所の論文情報ナビゲーター(CiNii)で「学習する組織」を検索し、最新の100件の分野を調べたところ、経営が66%、教育が12%、看護が11%、行政が6%であった[1]。

応用

教育

センゲらは2000年の『Schools That Learn』で、学習する組織の考え方を学校教育に応用し、教育を社会の営みのなかに位置づけ直すことと、その方法としての協働的な学習を論じた[1]。同書は2014年に『学習する学校』の題で邦訳されている[26]。日本の学校経営組織論では、確実性を追求する合理的な組織観から、不確実性や複雑性を意識した「学習する組織」論などの組織観への移行が論じられている[7]。

2016年にクールズ(Marco Kools)とストール(Louise Stoll)がOECDのワーキングペーパーで示した学校向けのモデルは、すべての児童生徒の学習を中心に据えたビジョンの共有、全教職員の継続的な学習機会、教職員間のチーム学習と協働、探究・革新・探索の文化、知識や学習成果を収集・共有する仕組み、学校外の環境や教育システムとの相互学習、学習を促すリーダーシップの実践と育成という7つの次元から成る。このモデルは、学校が学習する組織へと変わるための実践的な指針として提示された[27]。

非営利組織と行政

村山浩之は、学習する組織の概念が企業だけでなく非営利組織や大学の授業実践にも適用されて論じられていることを紹介し、非営利組織が代表的な学習する組織となる可能性を検討している[2]。日本の自治体を対象とした研究もある[25]。

持続可能性と社会変革

センゲはその後、C・オットー・シャーマー(英語版)らとの共著『Presence』(邦訳『出現する未来』)や、組織と個人による持続可能性に向けた変革を論じた共著(邦訳『持続可能な未来へ』)を刊行した[28][29]。改訂版『The Fifth Discipline』の邦訳にも、「システム市民」と題する章がある[4]。

日本での受容

『The Fifth Discipline』の最初の邦訳は、1995年に徳間書店から守部信之らの訳で『最強組織の法則 ― 新時代のチームワークとは何か』の題で刊行された。この邦訳は初版の抄訳である[1]。佐藤一子の書評によれば、中村香は、この邦題が原書の副題にある「Art and Practice」(「わざ」と実践)の意味を伝えておらず、日本では実践に基づく「わざ」の意義が認識されてこなかったのではないかと問題提起している[24]。

2011年には、枝廣淳子、小田理一郎、中小路佳代子の訳で2006年改訂版の完訳が英治出版から『学習する組織 ― システム思考で未来を創造する』の題で刊行された[4]。実務書の『The Fifth Discipline Fieldbook』(1994年)と『The Dance of Change』(1999年)は、柴田昌治らの監訳で日本経済新聞社から『フィールドブック 学習する組織「5つの能力」』(2003年)、『フィールドブック 学習する組織「10の変革課題」』(2004年)として刊行された[30][31][1]。『出現する未来』(2006年)は野中郁次郎の監訳で講談社から刊行されている[28]。ガービンの『Learning in Action』も2002年に『アクション・ラーニング』としてダイヤモンド社から邦訳された[32]。

日本での関心は、1990年代の日本的経営の見直しとも結びついていた。土谷茂久は1998年の論文で、日本の大企業の狙いを「ネットワーク型の学習する組織への移行」と表現している[15]。中村香は2011年に、日本企業で知識経営のあり方として組織学習が注目されるなかで、その一つとして学習する組織論があると位置づけ、学習する組織論がビジネスだけでなく教育、看護、行政などの分野でも注目されていると述べている[1]。

批判と限界

学習する組織の概念は、定義の曖昧さ[33]、研究方法の厳密さ[5]、組織内の権力の扱い[34]などについて批判を受けてきた。2019年の『The Oxford Handbook of the Learning Organization』には、それまでの批判を体系的にレビューした章が収められている[35]。

概念の曖昧さと理論としての弱さ

ツァンは、学習する組織に関する規範的な文献は実務家を対象とし、多くは著者のコンサルティング経験に基づいていて、厳密な研究方法に従うことは少ないと指摘した[5]。イースタビー=スミスも、分野に根ざした分析的な組織学習の研究に対し、学習する組織の議論は学際的で行動を重視し、組織の「理想型」をつくることを強調するものだと区別している[36]。

定義の曖昧さは、学習する組織を唱えた論者自身も認めている。ガービンは、明確に見えた学習する組織の定義が歳月とともに曖昧になり、組織理論の専門家のあいだでも意見の相違が残っていると述べた[2]。サンタは2015年に学習する組織の文献を統合的にレビューし、この概念は「良い理論」の要件、とりわけ定義と概念間の関係についての要件を満たしていないと結論づけ、形式的な定義の確立と測定道具の改善を課題に挙げた[33]。

村山浩之は、学習する組織に関する著作の多くが膨大な助言で満たされているため、組織改革に取り組む人々が概念の都合のよいところだけを採用するハウツーものとして扱ったり、具体的な段階で途方に暮れたりすることになると指摘した[2]。フィリオンらも、学習する組織を名乗る組織の多くは、センゲの5つのディシプリンのうち1つか2つしか実践していないと述べている[12]。

権力・政治とイデオロギー

クーピーは1995年に、学習する組織の概念はその提唱者たちの非政治的な前提のために大きな欠陥を抱えており、従業員のエンパワーメントは実際にはささやかなものにとどまり、むしろ経営上層部の権力を強めうること、そして概念が経営者のイデオロギーの材料となりうることを論じた[34]。ドライバーは、学習する組織を「夢」とみる研究者と「悪夢」とみる研究者の2つの陣営を整理し、統制、イデオロギー、従業員の苦痛を伴いうる経験という3つの論点から両者を検討した[37]。

日本語の文献では、村山浩之が英語圏の成人教育研究を紹介し、学習する組織は単なるマニフェストか「労働者の新しい搾取の形態」にすぎないのではないかという指摘があることを紹介している[2]。村山はまた、組織は多様性や不一致を抑えようとする一方で学習は組織の秩序を壊し多様性を増やすため、両者のあいだには緊張関係があるというサラマン(Graeme Salaman)の議論や、誰もが批判的な省察に従事できるという前提への疑問を紹介している[2]。

コールドウェルは、センゲの理論は学習と指導が組織のなかでどのように共有・分散されるかという組織化の実践を理論化できていないため、重大な欠陥を抱えていると論じた。コールドウェルによれば、センゲが重視する分散型リーダーシップは理論化が不十分で、実践と権力の問題を一貫して無視している[38]。別の論文でもコールドウェルは、実践理論の立場から、センゲの理論は組織化の実践を十分に説明できず、主体性、権力、知識の分散を扱えないと批判し、システム論と実践理論は両立しないと論じている[39]。

概念の寿命をめぐる議論

グリーブズは2008年に、学習する組織は想像力に富んだ考えではあったが既にその役割を終えたとして、この概念を放棄すべきだと主張した。グリーブズは、学習する組織は目指す価値のある理想だという前提と、システム論が概念の確かな理論的基礎となるという前提をそれぞれ検討し、いずれも不十分だとした[40]。これに対しペドラーとバーゴインは2017年に、学習する組織はまだ生きているという立場から実務家への小規模な調査を行ったが、明確な答えは得られなかったと述べている[41]。

一方で、学習する組織を扱う研究自体は続いている。2019年には学習する組織を主題とする学術ハンドブックが刊行され、そのなかでブイ(Hong T. M. Bui)は、センゲの著書を史上最も売れた経営書の一つと述べている[42]。

関連項目

脚注

注釈

  1. ↑ センターの設立年は文献によって1989年[1]と1991年[13]に分かれている。
  2. ↑ ここでいう「学習障害」は組織の学習を妨げる思考と行動の習慣を指す比喩であり、医学・教育学でいう学習障害とは関係がない。

出典

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参考文献

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  • 中村香『学習する組織とは何か ― ピーター・センゲの学習論』鳳書房、2009年。