宋小濂

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宋小濂
Who's Who in China 3rd ed. (1925)
プロフィール
出生: 1863年(清同治2年)[1]
死去: 1926年(民国15年)
中華民国の旗 中華民国
出身地: 清の旗 清吉林将軍管轄区吉林副都統管轄区(現在の永吉県)
職業: 政治家
各種表記
繁体字: 宋小濂
簡体字: 宋小濂
拼音: Sòng Xiǎolián
ラテン字: Sung Hsiao-lian
注音二式: Sùng Shiǎolián
和名表記: そう しょうれん
発音転記: ソン シャオリェン
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宋 小濂(そう しょうれん)は清末民初の政治家。中華民国の初代黒竜江省都督である。字は鉄梅、友梅。

事績

清朝の国子監生。黒竜江将軍文案、候補知府、ハルビン鉄路交渉局総弁、海倫同知、フルンボイル副都統などを歴任した。1911年(宣統3年)、黒竜江布政使に昇進し、あわせて署黒竜江巡撫となった。

中華民国建国後の1912年(民国元年)3月、初代黒竜江省都督に任命された。翌民国2年(1913年)、同省民政長を兼任した。同年8月、辞職し、参政院参政に異動した。後に中東鉄路督弁に就任している。1922年(民国11年)1月、辞任した。

1926年(民国15年)1月、病没。享年64。

注

  1. ↑ 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』764頁による。Who's Who in China 3rd ed, The China Weekly Review (Shanghai),p.698は、1864年とする。

参考文献

  • 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』河北人民出版社、2007年。ISBN 978-7-202-03014-1。 
  • 劉寿林ほか編『民国職官年表』中華書局、1995年。ISBN 7-101-01320-1。 
 清の旗 清
先代
周樹模
黒竜江巡撫
1911-1912
次代
-
 中華民国の旗 中華民国(北京政府)
先代
(創設)
黒竜江都督
1912年3月 - 1913年8月
次代
畢桂芳