小山雄太郎

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小山 雄太郎(こやま ゆうたろう、1867年7月26日(慶応3年6月25日[1]) - 1909年(明治42年)11月1日[2])は、日本の政治家、衆議院議員(1期)。

経歴

熊本県出身[2]。熊本移民(資)会社を創立し、社長となる[2]。また、九州新聞社を創設し、社長となった[2]。

1898年の第5回衆議院議員総選挙において熊本1区から自由党公認で立候補して落選した[3]。1903年の第8回衆議院議員総選挙において熊本県郡部から立憲政友会公認で立候補して当選した[4]。衆議院議員を1期務め、1904年の第9回衆議院議員総選挙は不出馬。1911年に死去した。

脚注

  1. ↑ 衆議院 編『『第十八回帝国議会衆議院議員名簿』』衆議院公報附録、1903年、29頁。NDLJP:900093。
  2. 1 2 3 4 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』251頁。
  3. ↑ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』29頁。
  4. ↑ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』43頁。

参考文献

  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。