小川巧記

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おがわ たくのり

小川 巧記
生誕 1954年
東京都目黒区
死没 2012年8月15日
神奈川県横浜市緑区
死因 交通事故
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
出身校 東海大学教養学部卒業
職業 イベントプロデューサー、ディレクター
活動期間 1977年 - 2012年
著名な実績 2005年日本国際博覧会市民参加事業プロデューサー
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小川巧記(おがわ たくのり、1954年 - 2012年8月15日)は、日本のコンセプト・ディレクター。2005年日本国際博覧会(愛・地球博)の市民参加事業プロデューサーや開国博Y150の総合プロデューサーなどを務めた。

人物・経歴

東京都目黒区生まれ。東海大学教養学部芸術学科産業芸術専攻卒業。

キリスト教福音派の牧師。1987年にイベント企画会社ビッグバン・ハウス株式会社を設立。1999年、国際高齢者年の自発的な市民イベントとして早稲田エイジングメッセをプロデュース。2005年の愛・地球博において国際博覧会史上初[1]の取組みである市民参加プロジェクトの助言・指導を行う市民参加プロデューサーに就任。

2009年の開国博Y150では総合プロデューサーを務めたが、この地方博覧会は有料入場者数が計画の1/4以下、約25億円の赤字という結果で終わり訴訟などの問題が起きた。

2012年8月15日、神奈川県横浜市緑区長津田の国道246号で乗用車にはねられる交通事故に遭い、搬送先の病院で58歳で亡くなった[2][3][4]。

共著

  • 『地球大交流 愛・地球博つながりのプラットフォームへの挑戦』東急エージェンシー、2006年

脚注

  1. ↑ “小川巧記氏の市民参加プロデューサーへの就任について”. 2012年8月18日閲覧。
  2. ↑ “Y150プロデューサー・小川さん、国道で横断中にはねられ死亡/横浜”. 神奈川新聞. (2012年8月16日) 2012年8月18日閲覧。
  3. ↑ “万博で市民参加挑戦”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (2012年8月17日) 2012年8月18日閲覧。
  4. ↑ “牧会塾立ち上げメンバーの一人 小川巧記氏急逝”. クリスチャン新聞オンライン (2012年8月21日). 2023年12月26日閲覧。

外部リンク