小川梅子

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おがわ うめこ

小川 梅子
生誕 伊地知 梅子
(1892-03-08) 1892年3月8日
日本の旗 日本
死没 (1982-05-01) 1982年5月1日(90歳没)
出身校 学習院女子部
職業 宮内省侍従職女官長代理
配偶者 小川武次
親 父親:伊地知幸介
母親:大山雪子
親戚 大伯父:西郷隆盛
大叔父:大山巌
家族 義父:小川又次
栄誉 勲五等瑞宝章
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小川 梅子(おがわ うめこ、1892年(明治25年)3月8日 - 1982年(昭和57年)5月1日)は、香淳皇后の上席女官。東京都出身。父は伊地知幸介。

生涯

東京都出身。伊地知幸介とその妻で大山巌と西郷隆盛の姪である雪子の長女として生まれる。1909年(明治42年)に学習院女子部(現在の学習院女子大学)を卒業。陸軍少佐であった子爵で小川又次の次男・小川武次の妻となるが、後に死別し未亡人となる[1]。

1951年(昭和26年)より香淳皇后の女官となり、1967年(昭和42年)3月22日から1969年(昭和44年)までは上席女官(女官長事務代理)となった[2]。

1982年(昭和57年)5月1日、死去。享年90。勲五等瑞宝章受章[1]。

脚注

  1. 1 2 1993年,『日本女性人名辞典』
  2. ↑ 1969年,経新聞年鑑局『産経日本紳士年鑑 第1巻』