小川権之助

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小川 権之助
生誕 1888年12月20日
日本の旗 日本 三重県
死没 (1963-05-23) 1963年5月23日(74歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1912年 - 1945年
最終階級 陸軍中将
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小川 権之助(おがわ ごんのすけ、1888年(明治21年)12月20日[1] - 1963年(昭和38年)5月23日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。

経歴

1888年(明治21年)に三重県で生まれた[1]。陸軍士官学校第24期卒業[1]。1938年(昭和13年)3月1日に独立歩兵第7大隊長に就任し[2]、7月15日に陸軍歩兵大佐に進級した[2]。1939年(昭和14年)3月に歩兵第216連隊長(第12軍・第34師団・第34歩兵団)に転じ[1][2]、日中戦争に出動[1]。南昌に駐屯し、錦江作戦などに参加した[1]。

1941年(昭和16年)7月13日に北部軍兵器部長に転じ[2]、10月15日に陸軍少将に進級した[2]。1944年(昭和19年)3月に第5方面軍兵器部長に就任し[1]、1945年(昭和20年)2月1日に北部軍管区兵器部長を経て[3]、3月19日に陸軍中将に進級[2]。同日第89師団長に親補され[1]、終戦時は択捉島に位置した[1]。

脚注

参考文献

  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。