小平萬榮

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小平 萬榮(こだいら まんえい、小平 万栄[1]、1905年6月28日 - 1997年9月9日[2])は、日本の教育者、野鳥研究家。日本野鳥の会理事を務めた。雅号は倉塩(そうえん)[2]。

来歴

長野県茅野市出身[2]。名古屋逓信講習所卒業。1926年小学校教員となり[2]、1948年に諏訪探鳥会を設立する[3]。日本野鳥の会諏訪支部[注 1]を発足させた1954年には、塩嶺地区で野鳥を楽しむ「小鳥バス」を地元の岡谷市に提案して実現し、バスでは自ら解説をおこなった[3]。

1975年に、「野鳥愛護の啓蒙を広めた功績」により、勲六等単光旭日章を受章した[3]。

著書

  • 『随筆 小鳥バス』春秋社、1965年
  • 『しなの野鳥記』農山漁村文化協会、1975年
  • 『小鳥バスと自然談義』ほおずき書籍、1983年

脚注

注釈

  1. ↑ 日本野鳥の会諏訪支部は、長野県諏訪市、岡谷市、茅野市、諏訪郡、塩尻市、松本市などを主な活動地域としている[4]。

出典

  1. ↑ “小平, 万栄, 1905-1997”. 国立国会図書館典拠データ検索・提供サービス. 国立国会図書館. 2021年8月22日閲覧。
  2. 1 2 3 4 『現代物故者事典 1997~1999』(日外アソシエーツ、2000年)p.232
  3. 1 2 3 走り続けて60年の「小鳥バス」 - 日本野鳥の会諏訪支部(2021年8月20日閲覧)
  4. ↑ “中部ブロック”. 日本野鳥の会. 2021年8月22日閲覧。。

外部リンク