小泉氏平

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小泉氏平
時代 南北朝時代
生誕 不詳
死没 不詳
別名 五郎左衛門尉[1]、駿河守入道普浩[2]
戒名 普浩
官位 左衛門尉、駿河守
幕府 室町幕府
主君 足利尊氏
氏族 沼田小早川氏、小泉氏
父母 父:小早川宣平[2]
兄弟 小早川資平[1]、小早川師平、小早川貞平[1]、氏平、小坂将平、浦氏実[1]、生口惟平[1]、小早川俊平
子 宗平[1]
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小泉 氏平(こいずみ うじひら)は、南北朝時代の武将。小早川宣平の五男。小泉氏の初代当主。

生涯

父・宣平より安芸国沼田庄内の新田を譲り受けて庶子家を興す。この地の地名を取って小泉氏を称した。

南北朝時代の康永元年・興国3年(1342年)、北朝方に属した父に従って南朝方の伊予国世田山城攻略戦に参戦。これに乗じて生口惟平など他の小早川氏庶子と共に、瀬戸内海の弓削島、因島、生口島などに進出。

観応元年(1350年)から始まった観応の擾乱では反尊氏派によって島々を占拠されるが、小早川一門として尊氏・義詮に従って参戦したという。

脚注

    参考文献

    • 今井尭ほか編『日本史総覧』 3(中世 2)、児玉幸多・小西四郎・竹内理三監修、新人物往来社、1984年3月。ASIN B000J78OVQ。ISBN 4404012403。 NCID BN00172373。OCLC 11260668。全国書誌番号:84023599。