小田清兵衛

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小田 清兵衛(おだ せいべえ、1860年(万延元年3月[1][2]) - 1892年(明治25年)10月3日[1][2])は、明治時代の政治家。貴族院多額納税者議員。

経歴

日向国臼杵郡、のちの宮崎県[2]延岡市で[3]、素封家・小田家の9代(正規)として生まれた[3]。公共事業の推進に尽力し、将来を嘱望されていた[3]。

1890年(明治23年)には宮崎県多額納税者として貴族院議員に互選され[2]、同年9月29日に就任したが[4]、在任中に死去した[1][5]。

親族

  • 二男:小田尚治郎(宮崎県多額納税者、運送業)[6]

脚注

  1. 1 2 3 大植 1935, 360頁.
  2. 1 2 3 4 衆議院、参議院 1960, 183頁.
  3. 1 2 3 『宮崎県政外史』649頁。
  4. ↑ 『官報』第2179号、明治23年10月2日。
  5. ↑ 『貴族院要覧(丙)』昭和21年12月増訂、4頁。
  6. ↑ 人事興信所 1928, オ27頁.

参考文献