小石忠男

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小石 忠男(こいし ただお、1929年 - 2010年11月9日)は、兵庫県芦屋市出身の日本の音楽評論家。元ラジオ関西プロデューサー[1]。

主にクラシック音楽の分野で活動し、関西を拠点に長年にわたり新聞や雑誌での演奏会評、レコード・CD評を展開した[1][2]。

略歴

兵庫県芦屋市に生まれる[2]。ほぼ独学で音楽理論を修め、ラジオ関西(旧・神戸放送)のプロデューサーとして数多くの音楽番組の制作に携わった[1][2]。

独立後はクラシック音楽評論家として本格的に活動を開始。日本経済新聞大阪版での執筆をはじめ、神戸新聞では長年にわたって「音楽季評」の欄を担当し、関西のクラシック音楽界の発展に大きく寄与した[2][3]。音楽雑誌『レコード芸術』(音楽之友社)などのメディアにおいても、レコード評や新譜月評を端正かつ素直な筆致で執筆し続けた[3]。

2001年に兵庫県功労者表彰、2007年には神戸新聞文化賞を受賞[2]。

2010年11月9日、肺炎のため神戸市内の病院で逝去(享年81)[1][2]。葬儀および告別式は、神戸市垂水区のカトリック垂水教会にて執り行われた[1]。

著書

  • 『世界の名ピアニスト』(音楽之友社、1978年)
  • 『世界の名指揮者』(全3巻、音楽之友社、1980年)
  • 『リスト』(音楽之友社、1981年)
  • 『CD名曲名盤100 交響曲』(共著、ON BOOKS、1998年)

受賞・表彰

  • 2001年 - 兵庫県功労者表彰[2]
  • 2007年 - 神戸新聞文化賞[2]

人物・エピソード

  • その端正で誠実な批評精神の一方で、容姿においては長年にわたり綺麗に切り揃えられた独特のマッシュルームカット(おかっぱ頭)をトレードマークとしていたことで知られる。晩年に白髪交じりとなってからもその髪型は一貫しており、関西の演奏会場の客席や音楽メディア等でも一目で彼と分かる象徴的なスタイルとして、多くの演奏家や音楽ファンから親しまれた。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 音楽評論家の小石忠男氏が死去 - 日本経済新聞、2010年11月9日配信、2026年10月12日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 6 7 8 “神戸新聞「音楽季評」を長年担当”クラシック音楽評論家の小石忠男が肺炎のため死去 - 文化的な日々、2010年11月9日、2026年10月12日閲覧。
  3. 1 2 小石忠男さんのこと - 仕事の日記 - 2010年11月10日、2026年10月12日閲覧。