| 「小笠原長住」とは別人です。 |
小笠原 長澄(おがさわら ながずみ、生没年不詳)は、鎌倉時代前期の武将。鎌倉幕府御家人。小笠原長清の子。別名は長隆。通称は「余一」。「大倉」を号す。
『吾妻鏡』によれば、寛元4年(1246年)に笠懸の射手[1]、同5年(1247年)犬追物上手の射手[2]、宝治元年(1247年)遠笠懸の射手[3]、同2年鶴岡八幡宮放生会の随兵[4]、建長2年(1250年)3月の将軍藤原頼嗣の方違えに供奉した際の射的の射手[5]、同年8月と翌年8月に犬追物上手の射手[6]、同4年(1252年)4月の宗尊親王将軍の鎌倉入りと鶴岡八幡宮での随兵を務めた[7]。
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