小野寺浩

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小野寺 浩(おのでら ゆたか[1][2]、1944年〈昭和19年〉[2]1月4日[1] - )はVFXプロデューサー、オプチカル合成エンジニア。宮城県出身[1][2]。

来歴

小野寺の兄とカメラマンの有川貞昌の妹が結婚した縁から、有川に東宝のアルバイトへ誘われ[3]、1962年9月に東宝へアルバイトとして参加する[1][2]。面接では撮影部を志望したが空きがなかったため、特殊技術課へ配属され、室内班のオプチカル作業に従事する[3]。アルバイト当初は3か月での社員登用をほのめかされていたが、東宝争議の影響で雇用されず、円谷プロダクションやキヌタラボラトリーなどで形だけの社員登用を経た後、円谷英二が人事部に直接掛け合い、技術契約者となった[3]。『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』より合成を担当する[1]。

1970年9月に日本エフェクトセンターへ移籍した[1]。東宝を辞めた理由について、「オプチカル・プリンターのカメラがブレてきたが、会社が直そうとしなかったため」と語っている[3]。

特撮映画や特撮テレビドラマなどの合成を手掛ける[1]。

作品

映画

テレビ

脚注

注釈

  1. 1 2 3 ノンクレジット。

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 平成ゴジラクロニクル 2009, pp. 248–251, 「第7章 平成ゴジラシリーズを作った男たち 合成座談会」
  2. 1 2 3 4 東宝ゴジラ会 2010, p. 176, 「第二章 円谷組スタッフインタビュー INTERVIEW13 黒川博通、小野寺浩、飯塚江津子、宮西武史」
  3. 1 2 3 4 5 東宝ゴジラ会 2010, pp. 178–186, 「第二章 円谷組スタッフインタビュー INTERVIEW13 黒川博通、小野寺浩、飯塚江津子、宮西武史」
  4. ↑ “映画資料室”. viewer.kintoneapp.com. 2020年4月19日閲覧。
  5. ↑ “映画資料室”. viewer.kintoneapp.com. 2020年3月26日閲覧。
  6. ↑ “映画資料室”. viewer.kintoneapp.com. 2020年4月5日閲覧。

参考文献

  • 『平成ゴジラ クロニクル』川北紘一 特別監修、キネマ旬報社、2009年11月30日。ISBN 978-4-87376-319-4。 
  • 東宝ゴジラ会『特撮 円谷組 ゴジラと東宝特撮にかけた青春』洋泉社、2010年10月9日。ISBN 978-4-86248-622-6。