小野恭三

ウィキペディアから、無料の百科事典
小野 恭三
生誕 1886年11月4日
日本の旗 日本 福島県
死没 (1950-10-13) 1950年10月13日(63歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1909年 - 1940年
最終階級 陸軍少将
テンプレートを表示

小野 恭三(おの きょうぞう、1886年(明治19年)11月4日[1] - 1950年(昭和25年)10月13日[1])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。

経歴

1886年(明治19年)に福島県で生まれた[1]。陸軍士官学校第21期卒業[1]。1935年(昭和10年)8月に陸地測量部製図科長に就任し[2]、1936年(昭和11年)8月に陸軍工兵大佐に進級[2]。1937年(昭和12年)7月には工兵第1連隊長に転じた[2]。

1939年(昭和14年)4月26日に長崎要塞司令官に就任し[1]、8月1日に陸軍少将に進級した[2]。1940年(昭和15年)8月1日に待命[1]、8月31日に予備役に編入された[1]。

1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[3]。

栄典

勲章等

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 福川 2001, 192頁.
  2. 1 2 3 4 外山 1981, 269頁.
  3. ↑ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」123頁。
  4. ↑ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。

参考文献

  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。