山内久重

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山内 久重(やまのうち ひさしげ、生没年不詳)は、安土桃山時代から江戸時代前期の砲術家[1]。通称は太郎兵衛[1]。

経歴・人物

天文6年(1537年)南蛮に渡り砲術を修めた田布施流砲術の祖である田布施忠宗に、のちその徒弟である酒井正重の門人となった[1]。

脚注

  1. 1 2 3 デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『山内久重』 - コトバンク