山岸美喜
山岸 美喜(やまぎし みき、1968年〈昭和43年〉6月25日 - )は、東京都出身の著述家[1]。名古屋市在住[2]。オーケストラ・コンチェルタンテの団長。メニコン芸術文化記念財団理事。
江戸幕府最後の征夷大将軍の徳川慶喜と陸奥国会津藩第9代藩主の松平容保の玄孫で[3]、2023年1月から旧公爵徳川慶喜家第5代当主[4]。
経歴
英国留学後、ジャーディン・マセソンで安田弘の秘書アシスタントとして1年あまり勤務[5]、結婚を機に退職[2]。クラシックコンサートの企画事業を手掛けるとともに、大政奉還前に徳川慶喜が飲んだとされる「将軍珈琲」の宣伝大使も務めている[1]。
徳川慶喜家の4代当主・徳川慶朝が2017年に亡くなってからは資料整理を続け[3]、自身の祖母でもある徳川和子(徳川慶光の妻)の手記をまとめ、出版した[3]。2023年(令和5年)1月に慶喜家5代当主となることを公表、同時に慶喜家の廃家も公表した[4]。
系譜
著書
- 徳川和子、山岸美喜『みみずのたわごと』東京キララ社、2020年12月2日。ISBN 978-4-903883-53-3。[8]
脚注
出典
- 1 2 “山岸美喜”. 婦人公論. 2022年1月4日閲覧。
- 1 2 堀井聡子「あの人に迫る 山岸美喜 徳川慶喜家5代目当主」『中日新聞』2024年10月25日、夕刊、2面。
- 1 2 3 松崎晃子 (2021年7月10日). “慶喜の孫に嫁いだ生涯 徳川和子さんの手記刊行”. 中日新聞 2022年1月4日閲覧。
- 1 2 山岸美喜(インタビュアー:石井謙一郎)「徳川慶喜の玄孫が「家系の断絶」を決意した理由とは…120年以上続く名家の「家じまい」事情」『文春オンライン』、文藝春秋社、2023年5月19日。2023年5月20日閲覧。
- ↑ 山岸美喜(@yamagishimadam) (2025年3月4日). “私が結婚前に勤めていた会社が ジャーディン・マセソン”. X. 2025年3月5日閲覧。
- 1 2 徳川 & 山岸 2020, p. [要ページ番号].
- ↑ “徳川慶朝さん死去 67歳 写真家、将軍慶喜のひ孫”. 茨城新聞クロスアイ. 茨城新聞社. (2017年9月26日) 2017年9月26日閲覧。ウェブアーカイブ、2023年3月24日閲覧。
- ↑ “『みみずのたわごと』徳川和子 山岸美喜”. 東京キララ社. 2023年7月27日閲覧。
外部リンク
- 山岸美喜 (@yamagishimadam) - X(旧Twitter)