山崎右吉

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山崎 右吉
生誕 1888年4月25日
日本の旗 日本 神奈川県
死没 (1944-06-23) 1944年6月23日(56歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1908年 - 1940年
最終階級 陸軍少将
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山崎 右吉(やまざき うきち[1]、1888年(明治21年)4月25日[2] - 1944年(昭和19年)6月23日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。

経歴

1888年(明治21年)に神奈川県で生まれた[2]。陸軍士官学校第20期卒業[2]。1934年(昭和9年)3月5日に陸軍歩兵学校教官に就任し[1]、8月1日に陸軍歩兵大佐に進級した[1]。1935年(昭和10年)8月に戦車第3大隊長に転じ[1]、1937年(昭和12年)8月10日に戦車第3連隊長を経て[1]、9月15日に仙台陸軍教導学校学生隊長に就任した[1]。

1938年(昭和13年)3月1日に陸軍少将に進級し[1]、熊本陸軍教導学校長に着任[2]。1939年(昭和14年)3月に歩兵第20旅団長(第13軍・第116師団)に転じ[2]、日中戦争に出動[2]。華中の兵站基地である安慶で守備に任じた[2]。1940年(昭和15年)8月1日に第16師団司令部附となり[2]、8月31日に予備役に編入された[2]。

脚注

参考文献

  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。