山本菊子

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やまもと きくこ

山本 菊子
生誕 1884年
日本の旗 日本 熊本県天草
死没 1923年4月(39歳没)
国籍 日本の旗 日本
別名 満州お菊
職業 馬賊
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山本 菊子(やまもと きくこ、1884年 - 1923年4月)[1]とは、日本生まれで満州で活動した馬賊[1]。

生涯・人物

熊本県天草の生まれ[1]。7歳で朝鮮京城の料理屋に売られ、各地を転々とした末、ロシアのブラゴヴェシチェンスクの酒場に落ち着く[1]。処刑寸前の馬賊を救って馬賊に加わると、きっぷの良さと義侠心が認められその頭目となる[1]。通称は満州お菊[1][注 1]。部下は100騎以上いた[1]。菊子の発行する通行手形は信用が高かったという[1]。1923年、大陸で死亡。39歳だった[1]。

ポップ・カルチャーでの山本菊子

脚注

注釈

  1. ↑ 中国語にすると满洲阿菊だが、中国では似た名前の「西伯利亚阿菊(シベリアお菊)」「大陆阿菊(大陸お菊)」との間で混乱が生じている。山本菊子はシベリアお菊にされ、満州お菊は河村菊子という名前の女スパイになっている(““阿菊”——日本“妓女间谍学校”的代号”. 捜狐 (2019年2月16日). 2020年2月20日閲覧。)

出典

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 『日本女性人名辞典』日本図書センター、1998年、1075-1076頁。ISBN 978-4820578819。

外部リンク