岡山定夫

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岡山定夫
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1952-11-22) 1952年11月22日(71歳)
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会(JRA)
初免許年 1973年3月11日
免許区分 平地・障害
騎手引退日 1996年
通算勝利 2294戦143勝
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岡山 定夫(おかやま さだお、1952年11月22日 - )は、日本の元騎手。

来歴

1973年3月11日に中山第3競走4歳未勝利・インターワールド(11頭中11着)[1]で初騎乗を果たす。10月27日の新潟第5競走4歳以上200万下・ケンハヤテで初勝利を挙げる[2]。

1978年7月8日の中山では初の1日3勝[3]、1982年8月21日・22日には新潟で初の2日連続勝利[4]を記録。

1980年にはホクトダンデイで関屋記念2着[5]、京王杯オータムハンデキャップでもサクラシンゲキの2着[6]に入り、自身初の2桁勝利で自己最多の12勝[7]をマーク。

1982年には3月21日の中山第3競走4歳未勝利では16頭中14番人気のカチウマフブキで単勝万馬券[8]、5月8日の東京第9競走丹沢特別では16頭中11番人気のハーバーカピタン[9]、7月18日の新潟第9競走阿賀野川特別では11頭中10番人気のギャラップシチーで枠連万馬券[10]、9月19日の中山第4競走4歳未勝利では16頭中15番人気のサンショウセイフク[11]と4度も2桁人気を勝利に導き、2年ぶりの2桁となる11勝[7]をマーク。

1984年には2年ぶりに2桁の10勝を挙げたが、その後は1桁台に落ち着き、1986年には自己最低の1勝に終わる[7]。

1991年のアルゼンチン共和国杯では3連勝中のリアルボーイに加藤和宏の代打で騎乗し[12]、ホワイトストーン・トウショウファルコを抑えてヤマニングローバルの2着に入った[13]。

1992年のスプリングステークスでは14頭中11番人気のリワードガルソンに騎乗し、ミホノブルボン・ライスシャワー・マチカネタンホイザに次ぐ7着に終わったが、ノーザンコンダクト・サクラバクシンオーには先着した[14]。

1995年10月21日の新潟第10競走長岡特別を10番人気のマロンアニーモで勝利し馬連万馬券[15]を演出、2日連続勝利を挙げた翌22日の新潟第8競走4歳未勝利・シルキーパレードが最後の勝利[16]となった。1996年2月25日の中山第6競走4歳新馬でチャリングロマンに騎乗しメンバー中最速36秒5の脚でクロカミの3着に入り、同日の第8競走4歳以上500万下・マロンアニーモ(16頭中14着)を最後に現役を引退[17]。

騎手成績

通算成績1着2着3着4着以下騎乗回数勝率連対率
計 143 160 204 1787 2294 .062 .144

脚注

  1. ↑ 4歳未勝利|1973年3月11日 | 競馬データベース - netkeiba
  2. ↑ 岡山定夫のプロフィール | 騎手データ - netkeiba
  3. ↑ 抽出[通算 1着レース]|岡山定夫の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com
  4. ↑ 抽出[通算 1着レース]|岡山定夫の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com
  5. ↑ 関屋記念|1980年8月3日 | 競馬データベース - netkeiba
  6. ↑ オータムハンデキャッ|1980年9月7日 | 競馬データベース - netkeiba
  7. 1 2 3 岡山定夫の年度別成績 | 騎手データ - netkeiba
  8. ↑ 4歳未勝利|1982年3月21日 | 競馬データベース - netkeiba
  9. ↑ 丹沢特別|1982年5月8日 | 競馬データベース - netkeiba
  10. ↑ 阿賀野川特別|1982年7月18日 | 競馬データベース - netkeiba
  11. ↑ 4歳未勝利|1982年9月19日 | 競馬データベース - netkeiba
  12. ↑ リアルボーイ (Real Boy) | 競走馬データ - netkeiba
  13. ↑ アルゼンチン共和国杯|1991年11月17日 | 競馬データベース - netkeiba
  14. ↑ フジTVスプリングS|1992年3月29日 | 競馬データベース - netkeiba
  15. ↑ 長岡特別|1995年10月21日 | 競馬データベース - netkeiba
  16. ↑ 抽出[通算 1着レース]|岡山定夫の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com
  17. ↑ 岡山定夫の近走成績 | 騎手データ - netkeiba