岡次郎太郎

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岡 次郎太郎(おか じろうたろう、1854年(安政元年2月[1][注 1]) - 1929年(昭和4年)9月5日[1])は、明治から大正時代の政治家、実業家、銀行家。鉱山経営者。衆議院議員(1期)。

経歴

岡権内の第二子として熊本城下内坪井町(現熊本市中央区内坪井町)に生まれる[2]。藩校に入ったのち岡松甕谷の門に入る[2]。第百五十一国立銀行の創立に尽くし、観光社などの重役を務め、鉱山業を営んだ[1][3]。1884年(明治17年)大蔵省御用掛となり、翌年、秋田県収税長を任ぜられ1889年(明治22年)10月まで務めた[3]。

1890年(明治23年)7月の第1回衆議院議員総選挙では熊本県第4区から出馬し当選[1]。大成会に所属し衆議院議員を1期務めた[1]。

家族

孫に石田周三。

脚注

注釈

  1. ↑ 『明治新立志編』350頁では安政元年1月生。

出典

参考文献