岩松五良

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岩松 五良(いわまつ ごろう、1898年1月20日 - 1964年12月15日)は、日本の文部官僚。文部省実業学務局長等を経て、長崎高等商業学校校長を務めた。

人物・経歴

東京府東京市杉並区生まれ[1][2]。1918年第一高等学校大学予科文科志望卒業[3]。1921年東京帝国大学文学部東洋史科卒業[2]。1924年東京帝国大学法学部法律学科卒業[4]。

1928年海軍兵学校文官教授。1932年文部省社会教育官。1938年文部大臣秘書官、文部大臣官房会計課長、文部大臣官房秘書課長、文部省普通学務局学務課長[2]。

1939年文部省実業学務局長兼企画院参与。同年拓務省拓務局参与。1940年関東局在満教務部長。1942年長崎高等商業学校長。同年退官[5][2][6]。1964年叙従四位[7]。

脚注

公職
先代
(新設)
日本の旗 関東局在満教務部長
1940年 - 1942年
次代
田中義男
先代
小笠原豊光
日本の旗 航海練習所長
1939年 - 1940年
次代
関口勲