岩藤町
岩藤町 | |
|---|---|
| 北緯35度8分49.27秒 東経137度3分32.51秒 / 北緯35.1470194度 東経137.0590306度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 986人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
470-0104[2] |
| 市外局番 | 0561(瀬戸MA)[3] |
| ナンバープレート | 名古屋 |
地理
日進市中央北部に位置し[4]、東から南は藤島町、西は岩崎町、北は北新町・長久手市岩作三ケ峯に接する。町域は南北2か所に分かれており、間に五色園(町名)を挟む形になっている。
河川
- 岩崎川
- 大清水川
池沼
- 岩藤新池
小字
- 一ノ井(いちのい)
- 一ノ廻間(いちのはざま)
- 上原(うわばら)
- 大清水(おおしみず)
- 長田(おさだ)
- 黒砂雲(くろすくも)
- 三番割(さんばんわり)
- 下原(したばら)
- 所寒(とこさむ)
- 夏焼(なつやけ)
- 七ツ塚(ななつづか)
- 平子(ひらこ)
- 法然寺(ほうねんじ)
- 陸見(りくみ)
世帯数と人口
2022年(令和4年)11月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 岩藤町 | 433世帯 | 986人 |
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[6]。
| 字・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校普通科 |
|---|---|---|---|
| 法然寺・陸見・平子・下原・三番割・黒砂雲・上原・所寒の全域 七ツ塚・長田・夏焼の各一部 | 日進市立北小学校 | 日進市立日進中学校 | 尾張学区 |
| 一ノ井・大清水・一ノ廻間の全域 七ツ塚・長田・夏焼の各一部 | 日進市立相野山小学校 | 日進市立日進東中学校 |
歴史
愛知郡岩藤新田村を前身とする。江戸期は岩崎村の一部で、正式に分立する以前から岩崎村の枝郷として扱われていたとみられる。
町名の由来
岩崎村の「岩」と隣村藤島村の「藤」による。その由来について、『尾張徇行記』には「藤島ノ者岩崎ヘ出ヤシキタル故カク唱フト也」とあるが、実際には岩崎と藤島の間の土地を開墾したためというのが正しいとみられる[7]。
沿革
施設
交通
その他
日本郵便
脚注
- 1 2 “町別人口及び世帯数(令和4年11月1日現在)”. 日進市 (2022年11月14日). 2022年11月16日閲覧。
- 1 2 “愛知県日進市の郵便番号一覧”. 日本郵便. 2022年12月6日閲覧。
- ↑ “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
- ↑ 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1848.
- ↑ “日進市立小中学校通学区域”. 日進市. 2022年12月6日閲覧。
- ↑ “平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
- 1 2 3 4 5 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 205.
- ↑ 『広報にっしん No.235』日進町、1990年8月1日、2頁。
- ↑ 『広報にっしん No.281』日進町、1994年7月1日、28頁。
- ↑ 『新しい住所表示と変更手続き(特別付録 新旧町名早見表)』日進町、1994年。
- ↑ “郵便番号簿 2018年度版” (PDF). 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。
参考文献
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、岩藤町に関するカテゴリがあります。