永禄年間の平群嶋城主。『諸系図纂』によれば島左近の父であるという[2] [1]。
『多聞院日記』によると永禄10年(1567年)6月21日に平群嶋城に嶋庄屋が乱入し、一族九人を殺害したという。この際、庄屋の父の豊前守は脱出し難を逃れたと伝わる[3]。
歴史学者の永島福太郎は『平群町史』で庄屋が左近と同一人物であると考えている。
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